カナトスの皇子タイガ

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 一人の客引き女がタイガにしがみつこうとした。タイガは軽く身をかわすも、はだけたフードの下から艶やかな栗色の髪と藍色の瞳が覗いた。その端正な顔立ちに他の女たちも釘づけになった。彼こそが、ここバルトニア王国から千里ほど離れた秘境の地にある小国カナトス(聖なる泉)の皇子である。剣術使いの兄弟子(あにでし)のサー・ブルーを従え、バルトニアをお忍びで訪れていた。表向きは皇子の見聞を広げるための外遊。だが真の目的は父王より、親交の深い魔導師に会うよう密命を帯びてのことである。  粗野な荒くれ者の船乗りばかりを相手にしてきた女たちが、育ちの良さが滲み出るタイガをモノにしようと、豊満な肉体を見せびらかしてきた。色目を使い、スカートの裾をめくりあげてタイガの気を引こうとしたのだ。 「お兄さん、あたいの店で遊んでいきなよ」 「お嬢さん、悪いが先を急いでいる。帰りに寄るから、先に風呂にでも入って、布団を温めておいてくれるか?」  タイガは軽口をたたく。それを諫めるようサー・ブルーが咳ばらいをした。 「タイガ様、相手にしてはなりません。それに、お気づきでしょう? どうやら我々は、この巣窟で不逞の輩に囲まれたようです」  するとサー・ブルーの言葉がまるで何らかの合図だったかのように、三人の髭面の男たちが行く手を阻んだ。 「お前ら、この界隈にきておきながら、黙って通り抜けられると思ったら大間違いだ。痛い目に遭いたくなければ、通行料を置いてゆけ」  男たちはスラム街を牛耳っているだと思われた。サー・ブルーがフードを取る。金色の巻き毛が露わになった。女たちはその男ぶりに息を呑んだ。剣術士は眼光鋭く剣の束に手をかけると、タイガを庇うように前に進み出た。狭い路地で乱闘騒ぎを起こしたくはなかった、だが、後戻りもままならない。なぜなら、後ろからも五人組が道を塞いだからだ。 「やっかいな場所で、挟み撃ちとは」  サー・ブルーは“ちっ”と舌打ちする。 「我らを付け狙う輩が、姿を現したとみえる。兄上、ならず者と刺客の両者をヤレそうか?」  後ろの五人は仮面をつけた男たちだった。タイガは祖国カナトスを出て来た時から、彼らが付かず離れずつけてきていたのを知っていた。仮面はタイガに面が割れている証でもある。逃げ場のない路地に第二皇子を仕留めるチャンスとみて姿を現したのだった。後ろの精鋭部隊とやり合うくらいなら、前にいる独活(うど)の大木とやり合う方がマシだ。タイガとサー・ブルーは阿吽(あうん)の呼吸で、わぁと声を張りあげると、ならず者に向かって突進する。サー・ブルーは素早く相手の鳩尾に剣の柄をお見舞いした。一人が倒れ込む。間をすり抜け、路地をめちゃくちゃに走り回った。
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