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「えっ、薔薇?」 「そうよ、真っ赤な薔薇。もう気持ち悪くて」  彼女が思いっきりしかめっ面をして、カフェオーレをぐいと飲む。  そこは彼女が住むアパートの近所にある紅茶専門店。  爆睡しているところをいきなり呼び出された僕は、ダージリンのティーカップを前にして、まだぼんやりした頭で彼女の向かい側の席に座っていた。  大きな窓から降ってくる朝の光が、彼女の化粧っ気のない、だが、整った顔を明るく照らしている。  僕より一つ歳年上の彼女は、短大を卒業して就職をしているので、既に社会人だ。  こうして静かに座っていると、初対面の人への印象はすこぶる良好だと思う。  けれども、彼女のイトコであり、生まれたときからの幼なじみである僕にとっては、猫をかぶっている以外の何物でもない。    もしかして、今日はこのままずっと、その薔薇の話とやらに付き合わされるのだろうか。課題をしなきゃならないんだけど。 「ちゃんと聞いてよ。私にとっては大問題なんだから」」  彼女は僕を睨んだ。 「聞いてるよ。それ、ストーカーっぽいよね。だったら、危険だよ」 「でしょう。完璧にストーカーだと思うわ」  彼女の話は、こうだった。  最近、玄関ドアの新聞受けに真っ赤な薔薇の花が突っ込まれているというのだ。  一番最初は1本だった。  数日後、2本の薔薇が入れられていた。  さらに3本、4本、5本と薔薇の本数は増え続け、直近では何と36本になったらしい。  それぞれ綺麗にラッピングされて、リボンも付いているので、どこかの花屋で買ったものなのだろう。 「薔薇の本数も順番どおりじゃないの。12本の次は14本とか、25本の後は30本とか」 「心当たりないの?」  僕が訊ねると、彼女はブンブンと大袈裟に顔を横に振った。 「どこかで誰かに片思いされてるとか?」 「片思いなら片思いで終わっておいてほしいわ。薔薇突っ込んでくるなんてあり得ない。絶対ストーカーじゃん。帰ったら、また薔薇が入ってるかもしれない。そろそろ来る頃だもの。ねえ、怖いから、これから一緒にうちまで来てくれない? ケーキ追加していいし。お昼もご馳走してあげるから。ねっ」  というわけで、濃厚なベイクドチーズケーキを平らげた僕は、さらにランチにつられて、彼女のマンションまで行くはめになったのだった。
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