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洸太くんの着信を受けて番号を登録したあと、二人との会話の合間に、届いたメールをさりげなく開く。
『今日、時間ある?』
送り主は貴哉先輩だった。つい二日前に会ったばかりなのに。
先輩はわたしの二つ上で、社会人。だから、会うのは基本的に土日のどちらかだ。でも、ここ一ヶ月くらいは平日も頻繁に呼び出されている。
そういえば、今はまだ昼前で貴哉先輩は仕事中のはずだ。仕事中になにをしているんだか。
うちのご主人様は発情期かしら、としょうもないことを思いながら、メールの返事を打つ。
『夕方以降なら大丈夫です』
仕事中に送ってくる先輩も先輩だけれど、即答するわたしも大概だ。
別にお金が欲しいわけじゃない。わたしが欲しいのはお金じゃなくて──。
「彼氏さんとメールですか?」
洸太くんの声に、はっと顔を上げた。
「あ、ううん」
「なんだ。嬉しそうな顔でメール打ってたから、彼氏さんなのかと。ま、いないって聞いてますけどねー」
──嬉しそうな顔? わたしが?
そんなわけがない。こんなメール、なにも嬉しいはずがない。だって、アレをしゃぶってお金をもらうだけの汚い約束だ。
「全然違う。わたし彼氏いないし」
全否定したくて放った言葉は、思いのほか語気が強くなった。でも、洸太くんは気に止めなかったらしい。
「そっか。じゃあ安心してデートに誘えます」
ふにゃりとした笑顔でそんなことを言われれば、すっかり毒気を抜かれてしまった。なにが面白いのか、向かいの絵里がタバコの煙を吐きながら、ニヤニヤ笑っている。
いや、それより。今、洸太くんははっきりデートだと言った。それはつまり、やっぱり、そういうことなんだろうか。
そんなことを意識したら、目の前の可愛い彼が急に男の人に見えて、少しだけドキドキした。けれど──。
ブーン、ブーンと手の中でピッチが震える。
『七時に錦糸町の南口で』
『了解です』
ダメだ、新しい恋なんてできない。だってわたし、先輩の犬だもの。
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