プロローグ

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 先輩がチャックを下ろす音は、やがて始まった次の曲にかき消された。GLAYはそこまで好きじゃないから、タイトルもわからない。 「じゃ、しゃぶって」  わたしが拒否するわけがないのを知っている貴哉先輩は、返答も待たず、開けたチャックの隙間から魚肉ソーセージみたいなソレを遠慮なくむき出した。マヨネーズでも付けたら、少しは美味しくなるのかしら。  助手席から運転席に身を乗り出しながら、ギアが体に刺さらないように注意している自分に気づいた。こんなことにまで気が回るようになるほど、わたしはこれに慣れてしまったのだ。  とっくにすっかり大きくなっているソレの筋を下から舐めあげたら、ピクンと反り返って先輩が小さく呻いた。  まるで水中息止め勝負をする時のように酸素を肺に溜め込んでから、パクリと口に含む。ジュルジュルと音を立てながら、別になんの味もしないモノをチューチュー吸っていたら、不意に幼い頃の夏の思い出が蘇った。  弟と半分こして食べたチューペット。わたしは半分すら一度じゃ食べきれなくて、いつも途中で冷凍庫に放り込んでいた。それを弟がこっそり食べてしまうから、よく喧嘩になっていたっけ。  あの頃は、チューペットの半分すら食べれなかったのに。わたしは今、毛の生えた魚肉ソーセージを咥えている。  大好きだった夏が、今は好きじゃない。  チュパチュパとわざとらしく唾液の音を立てたら、ソーセージが身悶えて、先輩が「気持ちいい」と湿った声を漏らした。  こんな淫らなことをしているけれど、わたし達の乗る赤いスカイラインが、このあとガタガタと揺れたりはしない。わたしが口でしてあげるだけ。だから。  始まったばかりのこの夏、わたしは魚肉ソーセージとキスしてばかりだ。
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