ある人の手記

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 「僕を愛してほしかった。」 ただそれだけの感情でした。自分自身の願いの根本はただそれだけだったのです。 金も、名誉も、いりません。あなたがいてくれたなら。  ここに書き残すのは、僕の備忘録。いや、ここに存在していたという証明。  あなたと出会ったのは、とある夏でした。会社の先輩に誘われた飲み会。僕は行きたくなかったのです。先輩以外知っている人は居なかったものですから。人見知りの激しい僕には少し苦痛な時間でした。そんな僕にあなたはずっと気に掛けてくれました。やさしいあなたには些細な事なのでしょう。ただ、僕には初めてだったのです。僕の様な、望まれなかった化け物には。僕の名前を呼んでくれた、あなたに惹かれてしまったのです。ただ、少しして気が付きました。  化け物を、愛する人間なんているはずないのです。  だって、そうでしょう。化け物を愛することができる人間なんて、きっとこの世に一握り。いるか、いないかでしょう。  少し昔の話をしましょう。その方が、もし、この僕の存在証明を読んでいる人がいるのなら、わかりやすいような気がしますので。昔の話。僕の過去を。  少し前に書いたように、僕は望まれて生まれてきていないものです。この国に出稼ぎにきた女が、そこらの男に抱かれ、出来たものです。男はその女に、僕を押し付けられたのです。女にとっては出稼ぎの邪魔でしかなかったのでしょう。それは男も同じです。あの男も、子が欲しいわけではなかった、抱ければよかったのですから。生後間もないそれを、置いていきました。なら何故、今も生きているのか。男と縁を切っていなかった、男の親がそれを拾ったのです。命が繋がったことに感謝するべきなのでしょう。ただ、偶に思うのです。あの時に終わっていれば、こんなに苦しむこともなかったのだろうか。と。考えてはいけないことなのでしょう。命あるだけ感謝しなければなりません。わかっています。男の実家は多少なりとも裕福な家庭でした。人並みの生活は与えられました。ただ、愛情はありませんでした。彼らに直接言われました。 「お前を育てたのは、未来の為だ。未来の私達が楽になるための道具だ。」、と。 「お前はこの家の子供じゃない」、と。 まるで、呪いでした。僕には、ここまで育てていただいた恩があります。例え、言葉でそう言われていても、育てていただいた事実があるのですから。ただただ、いいように使われていても、その事実がある以上、僕は恩を返さなければ、という気持ちが大きかったのです。学校にいても、異国の血が混じっていた僕は、異質だったのでしょう。今となれば、そういう人間は多くなりました。僕の学生時代は少なかった。見てくれの違いなど些細な事なのに。 今の時代ならそう思っていただけたのでしょうね。まあ、今となってはもうどうでもいいことですが。学校という狭い空間でその他大勢とは異なった僕を、罵る人も居れば、力にものを言わせる人もいました。異質なものでしたので、今考えれば仕方ないこと。友人、というものも少なかったですが、居たので些細なことを気にしないようにしていましたので。友人がいたおかげで、道を踏み外さずに生きてきたのでしょう。まとめれば、僕はその友人によってまともに生きてきたのです。異質な化け物の僕を、受け入れてくれた。同性の友人。その子以外は皆、敵でした。 「金魚の糞」と言われても 「国に帰れ」と罵られようと、先生方に汚物を見るような目で見られようと、あの子は味方だったのです。 友人も僕を愛してはくれていたのでしょうが、僕の求めた愛とは少し違かったのです。無いものねだりが過ぎますが、僕だけを愛してほしい。強欲。その言葉がぴったりだと思います。 あなたは、人に対して特に興味を持たないようにしていた僕にしては、珍しく興味を持った人でした。と言っても、その時はそんなに話すこともありませんでした。あなたの幼馴染の人と少し話をしたくらいの飲み会でした。その飲み会から数日経ち、一緒にオンラインゲームをすることになりましたね。あなたと、幼馴染、私。今までの僕なら絶対に断っていたことでしょう。ほんの少しのあなたに対する興味が、僕を動かしたのでしょう。やったゲームは対戦もの。あなたが勝ったら一緒に遊びに行く、という賭けをしましたね。あなたと遊んでみたい気持ちもあったのですが、負けず嫌いな僕はなかなか負けませんでした。あの時は、すぐに負けてしまうのが、少し恥ずかしかったのです。出会って数日の人間と遊びに行くようなフットワークの軽い人間ではなかったのですから。でもあなたは根気よく対戦してくれましたね。なかなか負けない僕に飽きもせずに、遊んでくれたことは感謝しかありませんでした。何戦したか、覚えてはいないですが疲れもあった僕が負け、一週間後にご飯に行くことになりました。あなたとは十歳、年齢が離れていました。元々年上の人間に信頼を持てない僕でしたが、珍しくあなたには懐いてしまいました。酒もまわったのか、優しく僕の話を聞き、自分の事を話すあなたに、過去の話をしました。別に悲劇のヒロインになりたいわけでも、同情してほしかったわけでもなかったのですが何故でしょう。自分の事をたくさん話してくれたあなたに、少し僕の事を知ってほしい、そう思ったのでしょう。そんなけして軽い話ではない話ですら、優しく聞いてくれたあなた。その時にあなたが言った言葉で、僕は救われました。 「偉いね。そんな環境を不幸だ、って嘆いて道を外れない君は、凄く偉い。」 「よく頑張ったね。」 今まで他人の言葉なんて、僕を救ってくれることなんてなかったのに。なぜかあなたの言葉は、僕を救ってくれました。その時でしょう。あなたに惹かれたのは。なんて単純なのでしょうか。優しい言葉をかけられただけ。ただそれだけであなたは、僕の内側に入ってきたのです。今まで褒められたことなんて一度もありませんでした。頭の良さも下の中がいいところですし、見てくれも化け物のようなものです。器用な方でもありませんし、物覚えも悪い。ああ、こうやって上げていくときりがないな。悪いところだらけですね。まあいいでしょうただあなたがかけてくれた言葉が、とても嬉しかったのです。今でもそれを思い出して、生きています。 そんなあなたに惹かれて、その瞬間後悔しました。知っていたのに。あなたに恋人がいるということを。なんて報われない恋だろう。あなたの恋人が途端にうらやましくなりました。あなたの恋人は、理由もなくあなたに電話ができて声を聴けるのか。会いたい、とあなたに言えるのか。あなたに愛してもらえるのか。僕が喉から手が出るほど欲しいものを。 そんな感情を持っていたことなんてあなたは知らないのでしょう。恋人と別れたい。けれど、年齢を考えると別れにくい、なんてとても酷な相談をしてきましたね。僕にそんな話分かるわけがありませんでしたが、友人たちの話などを思い出しながら答えていきましたが、ちゃんと答えられていなかったのだろうな、と思います。心の中では別れてしまえばいい、と思っていましたから。最低な願い事をした僕をあなたは撫でてくれましたね。そんな価値無いのにもかかわらず。それだけの行為すら、僕は嬉しかった。今この瞬間、あなたの澄んだ黒い瞳には僕だけが映っているという事実が。あの一日で、僕にとってはじめての事がたくさんあったのです。心臓という臓器が生きるため以外の事で動いていたあの日。誰か一人の事で頭がいっぱいになる感覚も。全てあなたが与えてくれた宝物で、今は、もはや呪いのようにすら感じます。そう、きっと二度と忘れられない呪い。 だから未練がましくも、こんな文章を綴っているのでしょう。あなたが読んでくれるわけないのに。ただ、もう誰でもいいのです。こんな感情に飲み込まれた愚かな人のなりそこないの言葉の羅列を。どうか深く考えずに、愚かだと笑ってくれれば。もし笑ってくれたのなら、それは僕が生きていたことになるのではないか、なんて淡い期待でしょうか。 さて、どうしてでしょうか。こんなにも貴方を想うことは苦しいのに、それすら心地の良い苦しさなのです。この痛みが、ここに生きている気持ちにさせてくれる。ああ、僕のいとおしい貴方。どうか想うくらいは許してください。貴方が楽しく、友人に囲まれ、生きていてくれるならば、この想いもきっと報われると思っているのです。もう叶わないならば、せめて貴方の幸せを、強く強く願わせてください。そして、それと同じくらい貴方の不幸を願っております。
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