ゴブリンの合従策

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   実現は難しいのではと、誰もが思っていた。千年の時を超えて、争いを続けてきたのだ。先祖は、あいつらに殺された、奴らに土地を奪われた。どの種族にも、どこそこに対して、苦々しい思いがある。  それでも、「ヒト」を除く全種族が一同に会した歴史的な会合。これが実現しえたのは「ヒト」への恐れが、歴史的な憎悪に勝ったからに他ならない。  「ヒト」を除く全種族が出席したこの会合は、ゴブリンの王国にて政務の一端を担っている「ルノ」が、各種族に繰り返し、手紙を書き、使者を送り、または彼自身が赴いて説得することで実現した。 彼自身が代表団の一員として出席するゴブリン、そしてオーク、エルフ、ノーム、ハーフリング、ドワーフ、トロール、コボルトの種族が出そろった歴史的な会議。  開催の道筋を作り上げたルノ、そして各種族の賛同者においても、大変な苦労があった。 「過去のことは一端、忘れましょう。今は手を取り合わねばならぬ。ヒトは強い。単独で勝利できる種族などない。このままでは、百年のうちに全ての種が滅び、世界はヒトで埋め尽くされる」  ルノが繰り返し、皆に投げかけた言葉である。                 ★ 「この200年において、ヒトが支配する地は3倍となり、数は5倍へと膨れ上がった。これに対して他種は如何? 我がゴブリンに至っては、治める地の面積も人口も半減してしまった。土地を増やし、数が膨れ上がったのは、ヒトのみであろう。皆がやせ衰えて、ヒトのみが肥え太っている現状をどう考えているのか!?」  ルノは、開催にあたってこの会議の議題をとうとうと述べる。危機感をあおり、種族間のいさかいを乗り越え、対ヒトで、異種族の思いが纏まることを第一と考えていた。 「ゴブリンだけではない。ヒトを除く全ての種族が土地を減らし、数を減らした。この200年に起こった現実に目を背けてはならない。今、ここで我らが団結せねば、ヒトに対して、協力し断固とした態度を取らねば、次の200年において、全ての種がヒトによって絶滅させられるのは明白である!」  議場には各種族から代表団が4~8名ほど、出席していた。総勢50名ほどの会議である。 「ゴブリン風情が随分、熱く語るのう」 ノームの席から、嘲笑が聴こえた。  ノームはいつも皮肉屋で上から目線であり、ゴブリンやオーク、ドワーフなど魔法の文化を持たない種族を下に見ている。野蛮な種族であると。  逆にゴブリンであるルノからすれば、精霊の力を借りて生きれば、偉いのか? くだらない魔法ばかり操って、現実を見ない夢想者共の集まりではないか、と胸の中では思っている。 ゴブリンであるルノはノームの席を凝視し、言葉をつづけた。 「ヒトは何故、強いのか? 力ではオークやドワーフに劣り、ノームやエルフのように魔法を操ることもできない。我らゴブリンやコボルトが持つ俊敏な肉体も持ってはいない」 「そうだ、個々の戦いならば、オークが負けることはない!」 筋骨隆々のオーク代表団の中から、そんな声が聞こえた。 「私が思うに、ヒトの強さはどんな環境にも対応可能という力だ。ノーム、エルフよ、あなた方は、平均の気温30度以上の地で生きることができようか?」 「私たちは暑さに弱い」  エルフ代表の何某が応え、ノームもうなづく。 「そう、しかしヒトは30度以上の地で生きることも、また零下の地でも生きられる。寒さに弱い我らゴブリンには到底無理だ。他の種族がそれぞれ環境に合う地でしか生きられないにもかかわらず、ヒトはあらゆる地で生きることが可能なのだ!」  ルノは一度、言葉を遮り、コホンと咳をしてからもう一度、声を張り上げた。 「我々は、それぞれが生きることを許された地だけを求めた。しかし、ヒトは違う。どのような地でも生きることができるヒトの欲望には終わりがない。我らが、必要以上の地を欲しないのとは異なり、ヒトは、奴らは全ての大地を手中に治めようとしている!」  皆が声を張り上げて、己の主張をわめきたてる。各々が被害者だと言って、謝罪を求める。オークの低くドスの効いた声、エルフの甲高い声、ノームの皮肉に満ちた言い回し、ドワーフが繰り返す「それは違う!」、そしてコボルトの唸り声、ハーフリングは耳を閉ざして、トロールはため息をついて、あきれ顔。  そして、主催者であるゴブリンのルノは冷ややかに、この混乱ぶりを見ていた。想定通りであったから。  しかし、この会議を開催するにあたって、総代表として名前を戴いていたゴブリンの貴族階級であるハフトは慌てふためいていた。 「ルノよ、どうするのだ? これでは話し合いにならないし、皆の意見をまとめあげてのヒト対策ができるなどとは思えぬよ」  ゴブリンの総代表、そして、この会議の主催者として、名を上げることを何より楽しみにしていたゴブリン、上流貴族のハフト、残念ながら、この者には混乱を収める能力はかけらも持ち合わせていない。  会議開催に全力を尽くしたゴブリンのルノは、ここにいる全ての種族が協力して、ヒトと対すること。これを『合従策』と呼び、この実現のためにハフトを利用しているにすぎない。何の能力も持ち合わせていないことは重々承知なのだ。 「そりゃそうでしょう。1千年以上の間、種族間の争いを繰り返してきたのです。簡単に手を取り、仲良くヒトを倒しましょうってわけにはいかない」 「なんだ、それは! 貴様が必ずこの『合従策』は成功する、歴史的な転換点になるというから、私は力を貸したのではないか!」  この会議を開催するにあたり、ルノは自分の力不足を嫌というほど痛感させられたのだ。自身が属するゴブリン属においても、過半数が反対し、賛同した者は圧倒的に少数派であった。  ルノが政務を司るゴブリンの王国会議にて『合従策』を発表してから、今日に至るまで丸2年、上流階級の貴族であるハフトに対し、『歴史に名を刻む英雄になれましょう』と、ひたすら持ち上げ、口説き落とした。そして、ルノ自身は実行役として、黒子に徹し、この会議開催にこぎつけたというわけだ。 「ハフト様、焦らないでいただきたい。一度の会議で事が為せるなどとは思っておりません。種族間の争いで、親兄弟を殺された者も多数おります。皆の怒りの感情を、まずは吐き出させなくては前には進めませぬ」 「ルノよ、私にはこいつらとはどうにも、共に戦える、手が組めるとは思えぬのだがな」  各々が好き放題に、わめき散らかしている議場では、『謝罪せよ!』『やるのか、貴様!』『裏切者!』『簒奪者!』『脳を使え、脳を!!』『力だけでは解決せぬぞ!』などと互いを罵倒する言葉が溢れていた。 「ルノよ、私は奴らと組んでも後ろを任せることはできないと思うが」 「ハフト様、今回は皆が一同に集まったということを評価していただきたい。あらゆる種族と戦ってきたオークですら、参加したのですから」 「うむ、まさかオークまで来るとは思わなかった」  そのオークは、他の種族の参加者が、それぞれ種族におけるNO.2~5ほどの政治力のあるものが名を連ねた会議にもかかわらず、オークの王、自らが参加していたのである。 「オークどもはこの200年で最も数を減らした種族です。今では、山中に追い立てられた。危機感が最も強いのですよ。彼らは、このままでは絶滅の道だと気づいているはず。たぶん、ここにいるどの種族よりも、焦りがあるのです」 「ふん、やつらは絶滅してくれてもよいのだけどな」 「いやいや、我らにとって、今は一番の味方に、オークがなるはず」 「ふん、オーク共、今や戦士は1000にも満たないのではないか? 馬鹿どもが、奪うことしか知らずに、誰であろうと、どこであろうと、争うばかり。絶滅か、ふん、気づくのが遅すぎるのではないか」 「いやいや、むしろ他の種族は未だそこまでの危機感がない。切羽詰まった状況にはない。ただこのままでは危ないのではと感じはじめてはいる。我々も同様ですが、国へ戻ればこの『合従策』に反対する者は多い。まずは種をまかねばなりません。ヒトに対する危機感という種です。これを各種族間に持ち帰っていただき、皆の恐怖を煽ることが大切です。『合従策』はそこから始まる」  未だ、吠え騒ぎ続ける各種族の代表団を、ルノも流石にため息をつきながら、眺めていた。それでも、この会議に足を運んでくれた彼らに期待するしかなかった。 少なくとも、この会議に出席してくれた者たちは、国でこの政策に反対し、全く耳を貸さない連中に比べれば遥かにましであった。 彼らと杯を交わし、一時的でよいから、ヒトに対し全種族が一丸となり対抗すること。ルノは、全ての種族の協力者をなだめすかして、おだてあげて、まとめあげねばならないと、自らに誓った。
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