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エルフの陣中の一角において、軍司令レスタニアスが向き合っているのは、ヒトの軍司令官、双子の兄弟の弟アベルであった。互いに、後ろには護衛の兵士が五人ついている。
マリレルは父、レスタニアスの横で、不貞腐れた顔をし、態度にも表していた。ヒトにもゴブリンら連合軍にも、どちらにつくこともせずに、この場を立ち去りたい様子。
陣幕の向こう側が何やら騒々しい。
「司令、よろしいですか!?」
駆けてきた者の言葉に対して、レスタニアスは不機嫌な顔をする。
「何事だ?」
「至急、会いたいという者が・・・」
レスタニアスの耳元に口を寄せて、告げる。
より一層、苦い顔をした。
向き合っているヒトに深く頭を下げた。
「アベル殿、いっとき席を外します。すぐに戻りますので」
「お忙しいですな」
「申し訳けない。ノームが一部、不安がっているようでな。少し話して、落ち着かせてこよう」
「私が参りましょうか?」
アベルと呼ばれるヒトが立ち上がり、出向こうとするのを、レスタニアスが制した。
「マリレル! 後を頼むぞ」
そう言い残して、父レスタニアスが去り、マリレルはアベルと向かい合う。
「これから開戦というのに、よく、ここに来れるものだな。軍司令の弟とも、あろうものがさ」
「はは、軍は兄カインが指揮をとっていますので、私は実質、やることがない。こうして、味方の陣地へ出向いてこいとの命をうけたもので」
「味方か・・・殺されるとは思わないのか?」
アベルは首をひねってみせた。
「ヒトとエルフの結びつきを考えれば、裏切られるとは思えないな。それに・・」
「それに?」
「私を殺したところで、特に何も変わるということはない」
「お前の命を奪っても、ヒトにさしたる影響はないと言うのか?」
「残念ながら。それだけの価値はないかな」
アベルは、戦いの前であるにもかかわらず、10年前の昔ばなしなどをして、後ろに控える互いの部下をまきこんで談笑していた。
「マリレル殿、浮かない顔をされていますな?」
「今から、多くの命が消えるのに、浮かれてられるか」
アベルは目を丸くして、マリレルを見る。発せられた言葉が信じられない様子。
「マリレル殿は随分と、お変わりになられた」
「あの頃は、戦をわかっていなかったから」
「なるほど。私など、再び、貴女と共に戦えるということで、嬉しくて仕方がないというのに」
アベルのテンションの高さにマリレルはついていけない。
「戦い以外の方法があればよいのに」
マリレルの呟きを、アベルは聴こえ無かったことのように無視した。
「マリレル殿には感謝しかない。兄カインも、そう申しておりました」
「感謝?」
「モスレロアの戦いから、この10年、わが軍は負けなし。今思うと、あの戦いが転換点でしたね」
マリレルがため息をつく。
「あの時、以上に、今日は死ぬかね?」
「どうだろう? 大丈夫、エルフの方々には被害が出ぬよういたします。傍観していてくれれば結構。場合によっては、攻め入るふりだけして頂く、それで十分」
「振りだけか、随分と余裕があるのだな」
「まぁ、ね。エルフとノームがこぞって、あちら側なら焦りましたが、相手はオーク・ドワーフ・ゴブリンのみ。これなら問題ないでしょう」
エルフが陣を構える山からは、ヒトの大軍が位置するのが見える。
「これほどの大軍を初めて見た。どれだけ動員したのだ?」
アベルか首をかしげて、後ろの部下をみる。
部下の一人が、指で8の文字を作ってみせた。
「8万ほどらしい。私もこの数を見るのは初めてだ。壮観だなぁ。まぁ、エルフが動かねばハーフリングもコボルトも動かないでしょう。敵は7千足らずかな。オークの体力がつきれば終わり。本日の予定はこのようになります、いかがです?」
アベルの軽い口調が、マリレルには腹立たしい。
「100年後、この世界にヒト以外の種族はどれほど残っているかな?」
マリレルの問題意識を、この時になって、初めてアベルは理解した。
「私を含め、ここにいるヒトは全て、その答えを知ることはできない。されど、マリレル殿は自身の目で、確かめることができましょう。羨ましい限りです」
「滅びゆく種族を見守るのがか?」
「環境と繁殖能力に大きく左右されるわけですが、種族にはそれぞれ、持続可能な数が必要。我々の計算ですと、ゴブリン以外の種族はもはや、絶対数が足りない。あなたの父であるレスタニアス殿はそれをよく理解されている」
「ヒトにとって、エルフの評議会の一人が父、レスタニアスであったことが幸いだったな。・・・エルフを守るため、父を討つべきであろうか?」
「馬鹿げたことを。今を生きる2千のエルフの方々にとって、最善の道をレスタニアス殿は選ばれたのです」
マリレルは深くため息をついた。
「私自身はまだ、エルフ最後の世代となることに納得できない」
陣中に甲高い声が響いた。声が近づいてくる。
「待ってくれ! もう一度、話を聞いてくれ!!」
「これが最後の機会なのだ! ここを逃したら、我々には滅びの道しか残されていないのだ!」
「レスタニアス! もう一度、話を聞いてくれ!! マリレル! マリレルは居ないか!!」
皆が声の方向に目を向けた。
レスタニアスが部下を連れて、陣内へ入ってくる。
「お待たせした。土産にこれを、持って行ってくれ!」
レスタニアスの後に、グルグルと縄で全身を縛られたルノがエルフの戦士たちによって引きずられてくる。
マリレルは驚き目をみはった。
「ルノか!? 貴様、何をしに来たっ!?」
「頼む、もう一度、話を聞いてくれ!」
ルノの絶叫に、マリレルは頭を抱えた。
後ろから、アベルが近づいてささやく。
「ゴブリンか・・・。エルフの方々は、引っ張りだこですな」
ルノはマリレルの隣にたたずむアベルをみた。
「ヒトか・・。くそっ!」
見当はついていたものの、エルフの陣にてヒトを見て、吐き捨てる以外に、何もなかった。
「アベル殿、コレが諸種族の間を駆け回った、ゴブリンのルノです」
紹介を受け、アベルは笑みをこぼす。
「ほぅ、そなたが合従策を唱えた者か! 大したものだ、しかし何故、今ここにいる? そのような場合ではないでしょう?」
「・・・・。」
ルノは口をつぐんでいた。
「コレをお持ち帰りください、アベル殿。そして、カイン殿にお伝え願いたい。我々エルフは共に戦うと」
レスタニアスの申し出に、マリレルがくって掛かる。
「父上、戦士として、それはない! 交渉に来たものを敵方に引き渡すなど、許されることではない!」
「マリレル、下がっていなさい」
「下がりません! 武人として、見過ごすことはできません!」
「マリレル!」
親娘、二人の言い合いにアベルがそっと口をはさんだ。
「マリレル殿、私がああなっていたとして、同じことを言ってくださいましたか?」
「何っ!?」
「失礼、戦の前に、他の陣へ来るのですよ。私は死を覚悟してここに来た。きっと、彼も同じだと思いますよ。ねぇ、そうでしょう? 命乞いなど、今更できないでしょう?」
アベルの言葉にルノがこたえた。
「・・・・・。この命は捨てている。死は恐れぬ。しかし、こんな死に方では嫌だ、剣を取り、戦って死にたい」
「ふん、ゴブリンごときで、死に美学を求めるな」
ルノは歯ぎしりした。涙がこぼれた。
「お言葉に甘えて、コレを頂いて帰りますよ。兄カインも喜ぶでしょう」
アベルはルノを縛る縄に手をかけた。
「我らの横で共に観戦しようではないか。貴様が引き起こした戦で、失われていく命をしかとみるがいい。その後で、私がきちんと処理してやる」
アベルが引きずろうと一歩すすんだ時、首筋に冷たい剣があたる。
マリレルが自身の剣を抜き、アベルの首筋にあてていた。
アベルは歩みを止めたものの、顔色ひとつ変えない。
「マリレル殿、どうなされた?」
「気でも狂ったか マリレルッ!?」
慌てふためく父レスタニアスに対して、述べた。
「縄をほどいてやれ! ほどかねば、アベルを斬る!」
「ははっ、私は死を覚悟してやってきたと言ったでしょう? 大丈夫ですよ、レスタニアス殿、私は・・」
「黙れ!」
剣を軽く引き、アベルの首筋から、血が垂れた。
「待て、マリエル! 縄を斬る。今更、こ奴などはどうでもよいのだ」
エルフの兵士が困惑しながら、縄を斬りほどく。
「・・・・すまん、マリエル」
縄をほどかれたルノが立ち上がる。
「今のうちに、行け!!」
マリエルが叫んだ。
「この者の行く手を阻むな!」
「・・・面白いなぁ」
アベルがボソッとつぶやいた。
その瞬間、剣を掴んでいたマリレルの手を取り、膝を屈めて、半身での背負い投げのようにマリレルを投げた。
(しまった!?)
身体が浮き、地に叩きつけられるまでの時は、1秒とないのに驚くほど長く感じる。
「残念でした・・なっ!?」
投げ飛ばしたアベルに向かって、ルノが全力で体当たりをかました。
アベルが転がる。
「マリレルッ!」
ルノは倒れたマリレルの手をとり、強引に身体を引き起こす。
走り出す二人。
「取り押さえよ!!」
レスタニアスが絶叫する。指示をだしながら、体当たりで、ふっとばされたアベルに駆け寄り、謝罪の言葉をひたすら並べた。
「どけっ!」短剣を抜き、大声を上げ、駆けぬけるマリレルとルノ。
わけがわからないエルフの兵士は道を開け、続いてくるエルフに叱責されると、加わって追手となった。
走り続ける二人。
行く手には巨人、ゴーレムの姿が映る。
「大丈夫、アレは私の言うことを聞く!」
マリレルの言葉にうなづき返すルノ。
ゴーレムの横を通り過ぎようと試みた時、突然、行く手をはばみ、大きなパンチがマリレルの腹をうった。
「マリレルッ!」
吹っ飛び、地に叩きつけられる。
口から胃にあったものが飛び出す。血も混じっていた。
深く腹をうたれて、もはや立ち上がることができない。意識がもうろうとしている。
(コードを書き換えられているとは・・・)
薄れていく意識の中で、ルノが名前を叫ぶ声だけが聞こえた。
ルノは気を失ったマリエルを抱えて走り出そうとするも、行く手にはゴーレムが立ちふさがる。
そして、周りをエルフの戦士たちに囲まれた。
レスタニタスとアベルもゆっくりと歩いてくる。
アベルは首筋に布を巻いている。赤く染まっていた。
「剣を捨てろ! もはや逃げるすべはない」
レスタニアスが声を張り上げる。
ルノはマリエルの右手から短剣を取っていた。
これをマリエルの体に向けてみせる。
「来るな! 近寄れば、刺すっ!!」
「馬鹿な」レスタニアスは空いた口がふさがらない。
「面白い」アベルがニヤリと笑う。
レスタニアスは怒りで顔を真っ赤にしながら声をあげた。
「かまわんっ、取り抑え・・っ!」
レスタニアスが命を言い終える前に、ルノは取り囲む皆を見て笑ってみせた。
「冗談だよ」
短剣をアベルに向かって放り投げていた。アベルは手にした剣でそれをはじく。
ルノは苦笑いし、降参と、両手を広げた。
囲っていた兵士たちが覆いかぶさるように襲い掛かっていく。
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