ゴブリンの合従策

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 日が沈み、業務を終えたルノは、紹介のお礼と、種族会議の報告を行うため、ゴブリン王、第四皇子であるフミナスの屋敷を訪ねた。  ルノの最大の後ろ盾が、2歳年下で四番目の王位継承者であるフミナスになる。軍を退いたルノを政務の部署へ引き抜き、抜擢した。そして、政治を動かす貴族・官僚との引き合わせて、全てにおいてルノの仕事上の恩人である。    ルノと王族であるフミナスとの出会いもまた、10年前のヒトとの戦いまでさかのぼる。大量の兵士を動員する大戦には、最高指揮官として常に王族が任命された。フミナスは当時18、兵団における最年少者であった。もちろん、一兵卒のルノとは異なり、刀を振るって敵に向かっていくことなどはなかった。  王族にもかかわらず、住居は特別に大きなわけでもなく、目立つ装飾などもない。調度品も趣向を凝らしたものがない。フミナスは第4皇子とは思えない、質素な暮らしをしている。 「全ての種族が一同に会したのは歴史的な出来事だ。よくやったではないか」 「ありがとうございます」 「しかし、エルフとノームが問題であろう?」 「はい、現在もあの2種族はヒトと様々な協約を結んでいます。研究に明け暮れたいがため、日々の衣食と引き換えに、成果の一部をヒトに譲り渡してる様子」 「奴らの衣食住における生産と労働を我々ゴブリンで提供できぬ限り、協力はしてくれまい」 「いやいや、エルフ代表として来られた軍の指令と話しましたが、相当の危機感を抱いています、望みはあります」 「ほう・・」  フミナスが葡萄酒をガラスのグラスに注ぎ入れ、ルノの前に差し出す。一礼して、ルノは手に取り、口をつけた。 「ルノ、ヒトはどうして、同胞の民を、異種の世界へ、エルフの地へ送れるのかな? そんなことが許されるのかな?」 「確かに・・・客人扱いでエルフが他種に招かれてるのとは違う。ヒトは、我々とは、同胞に対しての意識が異なるのでしょう」 「労働を担う者として、異種族へ同胞を送り込むことが、どうして許される? 我らゴブリンで、そんなことが可能か? ルノ、お前は、同胞にエルフ共の雑用をやってこいと命じられるか? 」  フミナスは葡萄酒を減ったルノのグラスに再度、注いだ。 「エルフの雑用を担う者を何とかせねばとは思う。しかし・・・エルフは許せぬ」  ルノは目を閉じ、グラスの葡萄酒にもう一度、口をつけた。先ほどより、舌が渋みを感じる。 「それは、私も同じ気持ちではありますが・・」  モスレロアの戦い、一瞬にして城壁に囲まれた街に炎が燃え広がったのは、ヒトに協力したエルフ30名が一斉に火の魔法を唱えたが故と、当時から今も囁かれていた。                ★  燃え上がる城塞都市モスレロアから逃げ出すのに一刻の猶予もない。 退却を装って、一度は退いたヒトの部隊が、敗残兵狩りに邁進してくる。 一秒でも早く、一歩でも遠くへ。生き残ったゴブリンたちの地獄の逃避行が始まった。  主要な道は早々に敵兵に抑えられており、敗残兵狩りから逃れるために、ルノは山中を進むしかない。  日中は息をひそめて隠れ、夜中に歩き続けた。山中に入り込んだ時は5人の同胞と共に行動をしていたはず。それが今や、横にうずくまる者と2人きりとなっていたことにルノは、今更に気づいた。 太陽が沈み始めて、夕日が差し始めた。 「よし、そろそろ行こう」 ルノはうずくまっている同胞に声をかけた。互いに名も知らない別部隊のものであったが、今、ルノにとっては唯一の話し相手であり、味方だった。 「おい」 肩に手をかけ、軽く揺さぶってみても反応がない。 「おい・・・」 瞼も開かず、鼻と口に手をあててみれば、すでに呼吸をしていなかった。 怪我を負い、包帯をグルグルと巻いた腹部が赤黒くにじんでいた。 悲しいとか、涙を流すとか、もはや、そんな感情の余裕すらない。 この時、ルノは特に何の罪の意識などなく、死んだ同胞の足から靴を外していた。自身が履いているものより、幾分ましに見えたから。 靴も水も食糧も死者には不要で、それらは生きている者にとって、必要不可欠なモノだから。  ルノは夜の闇の中を歩いた。正面に見える、あの山を越えれば故国に帰れる。それだけを支えに歩いていた。 包帯がグルグルと巻かれた右足の痛みはすでになく、麻痺してしまっている。 向かっていく先方から、敵兵の声が響いた。 「こっちにいるぞ!」「逃がすな!!」「取り囲め!」 ルノは震えながら、注意深く辺りを見まわす。 声が発せられた場所から、今、自分が立つこの地点までは、少しばかり距離がある。 敵兵の声は、自身に向けられたものではないと確信した。ならば、この先には味方がいる! そして、それを追いつめている敵が、ヒトが存在する。 仲間を助ける余裕などルノにはない。それでも、敵兵の声の先からどんどん遠のくのではなく、逆に敵兵が駆けていく現場へと、向かっていった。 この時、ルノは仲間にも飢えていた。 ヒトが大声をあげて、狩りたてている。 ルノは身構えながら、大木に隠れて、周りの状況を確認した。 同胞のゴブリンは2名、身体の大きな兵士が一人、小柄な仲間を守るかのように、前面に立ち、ヒトと対峙していた。 大きなゴブリンの兵士は相当な手練れか。そこには、4人のヒトが倒れうめき声をあげていた。正対している残りの敵兵は4人のみ。 それも、対峙したゴブリンの強さに怯んでいる様子がうかがえる。 (ならば勝てる!) 小刀を手にしたルノは、飛び出していく。 「うぉおおおっ!」 足音にきづき、振り向いたヒトの兵士の咽を、ルノの小刀が掻き切った。血しぶきがあがり、倒れる。 「畜生! もう一匹、いやがった!!」 槍を突き出してきたヒトと、ルノはにらみ合う。 残った3人の敵兵の中で、指揮官のような男が、ルノと対峙している男の肩に手を当てて、ここは退くようにと促した。 「ちくしょーっ!」 その言葉を残して、敵兵3人が走り出す。逃げ去って行く。 「ふぅ・・」 逃げ去る敵兵を見送ると、ルノは一気に力が抜けて、へなへなとその場にひざまづいた。 「おおっ、同胞か。・・助かったぞ」 大きな兵士がゆっくりと、胸を押さえながらルノに近づいてくる。 声はかすれていた。自らの血か、返り血がわからぬぐらい、顔も鮮血に染まっている。8人もの敵を相手に、無傷でいられるわけがなかった。 「・・大丈夫か?」 大きな兵士の身体から滲みでる血をみて、ルノは当てにしていた同胞が、もはや動ける状態にはないことを理解した。 兵は口から血の泡を吹きながら、ルノの肩に手をかけた。 「こちらの方を連れて、山を越えてくれ。行け・・はやく、戻ってくる前に」 「アロワ!」 大きな兵士の後ろで守られていた者が、名を叫んだ。 「・・もう動けませぬ、どうか、この者とお進みください」 「アロワ・・」 「どうか、御無事で」 アロワと呼ばれた男は、残された力で、ルノの腕をつかんだ。 「この御方を守ってくれ・・。頼む、行け・・奴ら、すぐに戻ってくるぞ・・」 その言葉を最後に、足元から崩れ去る。すでに立つ力も残っていない。 「必ず、生きて帰る」 ルノは守るようにと託された男の手を引っ張り、促した。 倒れた兵は従者で、守られていた男は、従軍した貴族のお坊っちゃま、ぐらいの者なのだろうと高をくくった。 それから、2週間、2人は生死を共にする。闇の中を走り、山を越え、体力も気力も、限界を迎えつつあったところで、故国にたどり着いた。 山中で、2人は何を話したか全く記憶に残っていない。 そもそも、託された男が、第四皇子のフミナスであったことを、ルノが理解したのは、命からがら国へ戻ることができ、体力が回復し、精神が落ち着いてからだった。 山中での逃避行の間、ルノは皇子に対して失礼な物言いをしたことが何度となくあった。 (処分の対象か? いや、なんとか生き延びたのだから褒章ものだ) そんなことを病室で考えながら、傷がふさがり、退出の日をむかえる。 病室に、従者を従えたフミナスが現れた。 「おかげで助かった。感謝する」 握手を交わした。 その後、ルノは軍属を離れて、政務へと立場を変える。そこには常に後ろ盾になってくれたフミナスの存在がある。                 ★ 「繰り返しになりますが、お名前をいただき協力していただくわけにはいきませんか?」 「こればかりはな。何度も言うが、反対なのではない」 「はい、可能性の問題で何度もご注意を頂きました」  フミナスはルノの最大の後ろ盾であるが、合従策に全面的に賛成というわけではなかった。 むしろ、許されざる敵、ヒトと結ぶべきではないかと主張していた。 (ヒトとゴブリンが結び、他の種族を一つ一つ、うち滅ぼす。我々はできる限り力を蓄えて、最終的には、ヒトとゴブリンの2種族にて、世界の最終決戦を行うべき) ヒトの強さを知りえるからこそ、ゴブリンには力を蓄える時間が必要だとしていた。 「ルノ、わかっているだろうが、仮に連合がなったとしても勝ち続けねばもたぬのだ。たった一度の敗戦で、その連合は雲散霧消するよ」 「確かに、互いに信頼などは難しいでしょう」 「各地で10戦行い、10回勝つなど不可能なことだ」 勝ち続けている時はいい。しかし、一旦、不利な状況ができれば、お互い疑心暗鬼となり、必ずどこかの種族が裏切り、連合は崩壊する。 ゴブリンが圧倒的な力をもって、連合の盟主であるならば、これも防げるかもしれないが、数的には大いに違いがあるものの、戦力的にはオーク、ドワーフ、エルフ、ゴブリンといった種族のパワーバランスは似たり寄ったり。 (ならば、どうすればいい?) ルノは夢を描いていた。 「フミナス様、一度です。この種族間の運命を決める大戦を開き、それに勝利する。一度きりの総力戦に賭けるのです」
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