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2人のゴブリンが馬にまたがり、狭い山道を移動している。針葉樹の森で山は覆われ、光が遮られていた。
片腕ながら、手綱を器用に操り馬をのりこなすスフレムは、髭をそり、髪も整えられている。ゴブリンとしては稀有な体躯をしており、身長は180近く、目を引く存在である。
一方で、ルノは平均的な男性成人ゴブリンの大きさの150センチ。顔つきは理知的で、神経質そうにも見える。研究好きのエルフやノームが醸し出す雰囲気を持っている。ルノは懐にゴブリンの王から、エルフの国の政治を司る、評議員への親書を携えていた。
「スフレム殿、このペースで行けば、あとどれくらいかかるだろうか?」
ルノの問いに、スフレムは後方を振り返り、進んだ距離を確かめて、前方を見つめた後、首をかしげながら答えた。
「明日には国境の森へたどり着けましょう。天候が崩れなければですが・・」
ルノは上空を見上げて、木々の隙間からみえる青空を確かめる。
「天候は問題ないのでは?」
スフレムも空を見上げてみる。
「どうだろうか? かなり高地まで来ているから、天候は目まぐるしく変わるかも知れぬ」
「なるほど、そういうものですか」
二人は談笑しながら山道を進んでいく。
スフレムは周りの木々を、眺めながら口を開いた。
「一度だけ、30年も前に、国境で揉めごとがありました。その時、使者の1人として、この国の都には来たことがある」
初めてエルフの中心地に足を踏み入れるルノにとって、意外な言葉だった。
会議への参加の嘆願に出向いた際も国境近くの町にて、話し合いを行っていた。
「噂に聞くままの魔法の国ですか?」
「・・いや、特に変わった印象はなかった」
「ほう」
「群れないと言うか、単独での行動を好む種族だからか、街の賑わいというものが記憶にない」
「なるほど」
「世界各地に野良エルフとして存在するほど、研究好きな種族だ。まとめることができる輩がいれば、望みはあるが」
「会議には軍の司令が、参加してくれたのです。危機感はあるのです。大丈夫」
★
夜、焚き火を囲んで、2人はそれぞれ毛布にくるまり横になっている。
スフレムの寝息が聞こえるが、ルノは寝付かれない。パチパチと燃える火を見ながら、故国の家族が思い浮かんだ。
妻アーヤの不安そうな顔が蘇る。
「各国を周って親書を手渡す旅になる。途中、途中で、戻るつもりだが、とりあえずは半年先であろうか」
「半年ですか・・」
「だからね、皆にはフミナス様の屋敷内にある別宅に移ってもらう」
「あら? スフレムさんがせっかく、きてくださったのに」
「彼には私に同行してもらう予定だ。やはり危険なのでね。彼がいると心強い」
「あぁ、それはよろしいかと」
奥の子供部屋から娘のサーヤの泣き声がきこえた。アーヤが「はいはい、大丈夫?」と駆け寄っていく。
妻子を守りたいと心から願っているのに、妻子と会うことすらままならない旅の暮らしがこれから続いていく。
「三歳、四歳が一番かわいいと言うのにな、残念だ」
妻アーヤの胸に抱かれて、鳴き声をあげる娘サーヤが愛おしい。
「いや、私がやらねば誰がやるのだ」
ルノは我に返って、頬を両手でペシッっと叩いた。
風の仕業ではありえないほど大きく、ガサガサと周囲の木々の葉が揺れる音がする。
「っ!?」
ルノが飛び起き、スフレムは右手で剣をとった。
「・・火を消すべきですか?」
ルノが小声で、周囲をじっと見定めるスフレムに尋ねた。
「いや、獣かもしれぬから、待て」
剣を構えて、見定めた方向の木々が揺れる。
「違う、大きい!」
スフレムは揺れる木々の中へと駆け出す。ルノも、遅れて後を追った。
木々の間をかき分けて現れたのは、黒く巨大な物体、2メートルを優に超えている。
スフレムは、ひるむことなく、この強大な生物と対峙していた。黒い巨大な生物は、その大きな手を振り下ろして襲いかかってくる。
「これはっ! ゴーレムか!?」
スフレムが告げた名称に、ルノは目を丸くする。
これまで、ゴーレムという作られた生物の存在は知識としてはあったものの、現物は見たことがない。土で作られるという目の前の生物は、両手両足が巨大な丸太のようだった。
ゴーレムとおぼしき生物は巨大な両手を振り回す。スフレムは、これを見事にかわしていたのだが、後方に控えていたルノは腹部にパンチを正面からもらい、跳ね飛ばされた。
「ルノ殿っ!?」
スフレムはゴーレムの剛腕をひらりとかわして、懐深くに潜り込むと、剣でゴーレムの右足をたたき切った。
体重を支えられず、崩れ落ちるゴーレム。
スフレムはゴーレムの胸に飛び乗り、首をかき切ろうと試みる。
「そこまでだっ!」
全てを切り裂くような甲高い女の声が、響いた。
声の主は耳が長く、鼻も高い。甲冑を身にまとったエルフの女である。その女はルノの首すじに剣をあてていた。
「も、申し訳けない! スフレム殿・・」
泣きそうな声をあげて謝罪するルノの耳元でエルフが囁く。
「黙っていろ」
片足をなくして倒れこんだゴーレムの上から、スフレムが飛び下りる。そしてエルフの前に立った。
「そこで動くな。剣を捨てろ!」
スフレムはエルフの女戦士をじっと見て、微動だにしない。
ルノはゴーレムに腹を殴られた影響で今にも、胃からもどしそうな状態である中で、喉元に剣を突き付けられていた。
「すまぬ・・」
ルノは泣きそうな声で謝った。
「剣を捨てろと言っている」
エルフの女戦士はスフレムをみて、同じ言葉を繰り返した。しかし、スフレムはじっとエルフを見据えるだけで、剣を手放さない。
エルフの女は全く表情を変えることなく、ルノの頬に刃物を近づけた。頬が切れ、血が流れた。
「待て! 待ってくれ!! 私はゴブリンのルノ、王からの親書を渡すため、この国へ参った。先に入国の連絡も行った! 都までの案内人と約束をしているのだ!」
ルノは叫びながら、懐よりゴブリン王の印のある書簡を取り出して見せる。
エルフは剣を突きつけたまま、左手で取り上げた。
「ああ、貴様がルノという小鬼か?」
「そうだ、私だ。土足でこの地にきたわけではない!」
エルフは頬にあてていた剣を外した。
ルノは傷ついた頬を押さえながら、剣を構えるスフレムの横へ駆け寄っていく。
エルフの女戦士は書簡から、親書を取り出し眺めていた。視線は書に向けたままで謝罪の言葉をルノにかける。
「ふむ、すまなかった。予定より随分、早い到着ではないか」
一通り、目を通すと書簡に戻し入れ、ルノにポンッと投げ返した。
「エルフの国、西の国境警備の長、マリレルだ。失礼したな。都まで貴様らを案内する」
「失礼どころではない、外交問題だ!」
「ふむ、そのような大層な問題にしたいのであれば、勝手にすればよい」
怒りを隠せないルノに対して、やれやれと言った表情のマリレル。
「わが国王からの親書を勝手に読むなど、失礼きわまりないっ!」
「ん~、まぁ、問題ない。貴様らがそれを渡す相手は私の父だ。いずれ私も目にすることになる」
「・・・・貴女の父が、レスタニアス殿?」
「そう」
ルノはスフレムに耳打ちする。エルフの国の軍司令がレスタニアスであること、会議にも出席してくれたこと。
怒りを忘れ、頬の傷の痛みも忘れ、ルノはマリエルに手を差し出して握手を求める。
「レスタニアス殿には全種族会議に参加していただき、大変感謝しております」
「ふむ・・・父上も、すべて揃えて開催にこぎつけたことは評価していた」
ルノは誉め言葉に軽く一礼する。
マリレルと名乗った女は、ルノと言葉を交わしながらも、その目は後ろに控えるスフレムを見ていた。
「ゴブリンにも、なかなかの者がいるな。片腕のみで、ゴーレムの足を斬り捨てるとは、見事だ」
ここで、ようやくスフレムは剣を鞘にしまった。
ルノが言葉を続ける。
「アレはマリレル殿が操っているのですか?」
マリレルは片足を失い、ジタバタともだえているゴーレムをみて、不満そうな表情をし、口をとがらせた。
「うん、それなりの大きさ、熱量を発するモノに反応するようデザインしている。面白いだろ? 警備の者が休む時はコレが番をするわけだ」
「ゴーレムとまみえたのは初めてだ」
スフレムが口を挟んだ。
「ほう、エルフとはあるか?」
エルフの戦士、マリレルは、ニヤッと笑い、好戦的な目をして、鞘にしまった剣に再び手をかけてみせる。
「おいおいおい! マリレル殿! 私はエルフとゴブリンが手を取り合う目的でここに来た!」
マリレルは首をかしげて、スフレムを見る。
「それは実現困難ではないか、そんなことより、ゴーレムを斬った腕がみたいな」
マリレルの言葉にスフレムも反応した。
「ぜひ、手合わせをと言いたいが、剣は駄目だ」
「何故?」
「片腕の暮らしは、貴女が思っている以上に苦労する」
「ははっ、そうか、わかった。ならば兵舎に木刀がある。それでやろうか」
腕に覚えのある二人は楽しみができた様子。
「・・・争いに来たわけではない」
ルノはひとりごちた。
★
国境守備兵の兵舎は丸太で作られたログハウスのような建物。簡素な作りではあるが、高地であり、冬の寒さは厳しいため大きな暖炉がある。
国境守備の長であるマリレルは背もたれのある椅子に腰かけ、両足をテーブルに上げている。使者を迎えるといった風ではまるでない。胸にワインの酒瓶を抱えて、直接、口をつけて飲んでいる。
正面にはルノとスフレムが並んで座り、テーブルに置かれたワインをグラスに自ら注いでいる。豆など簡単な肴がテーブル上にあった。
時折、ルノとマリレル、2人の話し声のトーンが上がるが、スフレムは全く反応せず、黙々と飲んでいた。
「エルフとて、この100年における人口減少は問題でしょう!?」
ルノは熱い口調で、ヒトの国力が他種族の及ばないレベルにまで達する勢いであることを説いている。
「私は兵士だ、お前の言いたいことは、一応わかる・・・しかしなぁ、まぁ無理ではないか」
マリレルは首をかしげて、二人を見た。
「エルフは長命種だ、にもかかわらず、女の多くは生涯に多くても二度しか身ごもらぬ、基本、一度あるかないかだ。これがどんな社会をもたらしたかわかるか?」
ルノは自信ありげに答える。
「超高齢化の社会と聞いている。それはノームも同じだと」
マリレルは指で人口曲線を空に描いて見せた。
「そう、今やこんな感じ。エルフは老人大国だ」
フッとため息をついて、言葉を続けた。
「爺、婆の皆が欲しがっているのは安定だ。争いごとではない」
「いや、望もうと望むまいとヒトは必ず滅ぼしにくるのだっ!」
ルノは熱くなって、声を高めた。
「かもしれぬ。まぁ、そのためのゴーレムでもある」
「・・なるほど」
ルノは、これに対しては納得した。確かに、ゴーレムを何百体も揃えることができたなら防衛に関しては全く問題がない。
「しかし人口は減り続ける一方、このままではエルフといえど、未来はない」
両手にワインの小樽をもって、マリレルは口に流し込んで見せた。
(ふぅ)と、一息入れて言葉をつないだ。
「エルフは賢者の種族と自称しているがね、変わらぬよ。大抵の者は種族の未来より、現在の自分の生活が大事なのさ」
「・・・そういうものですか」
「年を取ればとるほど、変われなくなるものだろう? ヒトの寿命は50年と聞いた。それぐらいが、社会の新陳代謝としては理想的だな」
「なるほど」
「だからこそ、今日の発展があるのではないか?」
ルノとスフレムは互いに顔を見合わせた。ゴブリンはヒトと同様に50に届くかどうかの寿命だ。平均的に200年以上を生きるエルフが羨ましくもある。しかし、現状を変える、ということでは長寿化は足かせになることがあるのかもしれないとルノは初めて思った。
「ヒトから衣食住の品を手に入れ、研究成果の一部を提供する。この生活に皆が満足している」
マリレルは国の将来を憂いながら、現状を伝えた。
「しかし、貴女は危機感を抱いている」
「まぁ、軍務に就いているからな。この国の将来を考えるよ。でもね、この職務でないのなら、私も魔法や古代文字の解読にあけくれる生活をしていた」
マリレルは足をテーブルから降ろし、新しい酒樽を取りに行く。
ルノとスフレムの目の前、テーブルの上に持ってきた樽をドンっと置いた。
「小鬼もいろいろ大変とは思うがね、我らに協力を望むなら、こちらが欲っするものを用意しろということだ。それができぬのなら、エルフは動かぬ」
スフレムは納得したかのようにうなづいて見せたが、ルノは厳しい目でマリレルを見た。
「いつかヒトに裏切られ、必ずや滅ぼされる」
フンとマリレルは鼻をならした。
「お互いな。まぁ、奴らにとって、利用価値のない小鬼が滅びるのは、我らよりずっとはやいはず。それを見て、我が同胞の目が覚めてくれたらと願うよ」
「その時では、もう遅い。世界はヒトの手に握られている」
「だからこそ、エルフの皆が賛同する案を用意しろ。我が国は王政ではない。多数の同意を必要とする」
ルノは力なくため息をついた。堂々巡りの会話に疲れてしまった。
「まぁ、やれるだけやってみればよいのではないか。お前なりに評議会を説得してみろ。おい、右腕の用心棒!」
マリレルは壁に立てかけてある木刀の一本をスフレムに手渡す。
「コレで手合わせをしてくれ。ここのとこ、腕の立つ奴がいなくてな」
木刀を手に、外にでる二人をルノは見送り、ため息をつく。
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