ゴブリンの合従策

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 マリレルに先導され、ルノとスフレムはエルフの土地を都へと進む。 馬に乗って道を往く3人は荷物を背負ったヒトと何度となくすれ違う。 (ここはエルフの国のはず) ルノは頭が混乱する。街を行き交う者はヒトばかりだ。 エルフの地で異種族を見ることは、長年にわたってなかった。 しかし、この10数年で、それが変わる。 ヒトはエルフの地で、主に生活に携わる雑用をこなす労働力として、数年間の契約で働いていた。 「しかし、ヒトの多さに驚く」 「うむ、まさか、街にこれほどいるとは」  ルノとスフレムの感想にマリレルが応えた。 「地方は許されていないけどね、街には溢れている。良く働く」  馬車に乗ったエルフの老夫婦とすれ違った。  指でさし示して、好奇の目でゴブリンの二人を見ていた。  何か言いたそうなゴブリンの二人を、マリレルが笑いとばした。 「ヒト以外の種族を見る機会は、この国ではないからな。ゴブリンを初めて見たのだろう」 「確かに、我らは、皆、あの大地を離れません」 「エルフやノームは単独で世界を駆け回る者が結構いる。お前らのところにも、何人かは行っているだろう?」 「ええ、医師や薬師として、エルフは引っ張りだこです」 「謎解きが大好きな種族だからな。私もさっさと除隊し、古代文明の研究にでも明け暮れくれてみたい」 「いやいや、あれほどの剣技を持っているとは驚いた」  木刀ではあるが、マリレルとスフレムが行ってみせた剣術を思い起こした。 ルノは医術関連に就いたエルフの女を見たことはあれど、マリレルのように剣を携えた女戦士に会うことは初めてだった。 「エルフの国では、職に男女の区別はないと聞いておりましたが、本当であることに驚きました」 「ん~、エルフは女の数が多いからな。男だけではどうにもならぬ。圧倒的に女の方が多いのだ」 「なるほど。我が国では女性が戦士になることはありえない。驚きでした」 「ふん・・まぁ、好きこのんで剣をもったわけではない。うちは軍務に就く家系だからね」 「なるほど」  ゴブリンでは戦う兵士は男の、少年の憧れの職種である。ルノはエルフとは社会が異なることを改めて思った。 「ん~、コボルトやハーフリングにも、女の戦士はいるな。ヒトにもいる。むしろ、お前たちとオークぐらいではないか、存在しないのは? ああ、トロールにもいなかったか」  マリレルは記憶の彼方を、思い起こすように頭を叩いて見せた。 都まで案内役をしてくれているエルフの女戦士、マリレルは、ルノの目には10代後半~20代前半に見える。 しかし、話を聞いていると違和感があるのだ。 「異種の年齢はよくわからぬので、失礼。お若く見えますが、マリレル殿はおいくつですか? 戦士として、戦場なども経験されておられるのですか?」 全くの好奇心からの質問がでる。 「ん~、お前よりかは長く生きてるのではないかな。エルフの身体は時間経過が遅いから。エルフで50年はまだまだ『お嬢ちゃん』だ」  ルノは振り返って、スフレムと目を合わせる。スフレムも驚いた様子。自身と同じぐらいの時を過ごしているのに、自身はもう老年に入る手前であるにも関わらず、エルフではまだ青年期であり、これから壮年期に入っていくことに羨ましさを感じずにはいられない。 スフレムが口を開いた。 「これから、もっとお強くなられるのか。今度、お会いするときには相手にしてもらえそうにない」 「ん~。どうかな? 強くはなりたいが、相手がいない」 「確かに。強くなる最も手っ取り早い方法は、戦場にでることだ。木刀での剣技とは何もかもが違うとわかる」 スフレムの上から目線の発言に、マリレルは少し気を悪くした様子。 「・・戦場か」 「ご経験はありますか?」 ルノが興味深げに聞く。 「ん~。ゴブリンには苦い思い出の、モスレロアにも行ったな」 マリレルの返答に、今度は二人が驚きを見せ、表情が変わる。 街を一瞬で火の海に変えたのは、数十人のエルフがヒトに協力して城内の全てに魔法の火を放ったという噂があった。 二人の後に位置して、馬を進めていたスフレムは唇をかむ。 マリレルの背を見た。 「ヒトに、燃える街を消すために雇われただけだよ」 マリレルは振り返らずとも、殺気を十二分に感じていた。 フッとため息をもらす。 「あれは酷いものだった」 振り返って、スフレムの眼をみて告げた。 「ヒトからの要請で、出向いた。任務は街の消火活動だ」 スフレムは言葉を発せない。ルノが口をはさんだ。 「・・・私と、彼も、モスレロアで戦いました」 「ほう、よく生き残ったものだ。街へ行って驚いたよ。あれはきつかった。まぁ、報酬はよかったけどな」 「・・・マリレル殿が消火してくださったとは」 「地獄の光景だった。焼け焦げた死体が溢れていた」 「・・・・」 スフレムの眼が、しぼみ、力がぬけたようだった。 あの戦いによって、全てを狂わされたゴブリンの戦士がスフレムであり、エルフに対しても憎悪の感情が消えることはない。 マリレルが言葉を続ける。 「私が初めて見た戦場があれだ。物語で語られる英雄物語とはまるで違った。 地獄とはこういうものかと」 10年前に思いをはせる。 マリレルは、二人のゴブリンが、腕をなくし、戦友をなくし、他にも多くのものをなくしたであろうことを、即座に理解した。 後ろから刺されるようなことはないにしても、憎悪をを直接、受け止める気はない。 彼女自身が「モスレロア」で関わったことに対しては、嘘を並べていた。                 *  10年前、モスレロアの城内にて、対ゴブリン、戦略会議が開かれた。 数十名のヒトの将官に交じり、エルフから10名、ノームから5名の者が参加している。 エルフの軍司令である父、レスタニアスの横に緊張した面持ちでマリレルが控えている。このような場に参加すること自体が彼女にとっては初めてだった。 対面に座るヒトの将官の中央には2つ、同じ顔が並んでいる。 まだ20代半ば、双子の兄弟、カインとアベルの二人が、この戦いを任されたヒトの最高指揮官であった。 マリレルはエルフの世界では存在しない、双子を初めて目にして驚く。 父のレスタニアスに耳打ちする。 「すごい、同じ顔が並んでいる」 「・・・あれが双子というものだ」 「面白い、不思議、何もかもが同じであろうか?」 「さぁ・・・ヒトは三つ子とかもあるらしい、ゴホン」 レスタニアスは焦った。 正面に位置する二人、カインとアベルの耳に声が届いたのか、笑いあう二人と目があってしまった。 「レスタニアス司令の令嬢は我らが珍しいと見える」 「マリレル殿、もっと近くで見てもらってかまいませんよ」 「本当!?」 その申し出に、マリレルは素直に反応して、スクッっと席を立つ。 二人の元へ向かおうとするマリレルを、レスタニアスの手が慌てて引き留めた。 「こら、マリレル、大人しくしておれ」 「だって、見に来てよいと言ったではないですか?」 周りを囲んでいたヒトもエルフもどっと笑いがおこる。 レスタニアスは肩をすぼめて、頭を下げ、マリレルの頭を強引に下げさせる。 「この会議が終わり次第、存分に見て触ってくれ」 同じ顔をしたヒトの最高司令の二人、カインとアベルがそう告げて、高笑いをした。 そんな和やかな雰囲気で始まった戦略会議である。 ヒトの最高指揮官であるカインが口を開いた。 「いかがでしょう? ゴブリン共は今、ここで、叩いておかればなりませぬ。この策で一網打尽にしたい。我らは、この崩壊作戦を実現したい。そのためにも、是非、ご協力をお願いしたい」 参加しているエルフとノームの軍関係者は、作戦を聞き、ざわめいていた。 エルフ軍司令であるレスタニアスが、発言する。 「本気で、この城塞都市を破壊するのか?」 「ゴブリン共は、かなりの数を動員している。まともに戦闘を行っては勝つ確率は相当低い。しかし、勝たねばなりません。そのために、この都市は捨てましょう」 エルフとノームの軍関係者は、皆、あんぐりと口を開け驚いていた。 一人、マリレルを除いて。 彼女は自身が学んできた、どの兵法書にもない、この作戦案を聞いて、ドキドキがとまらない。 マリレルはスッと、右腕を挙手して発言を求めた。 ヒトの最高指揮官の一人、アベルがへりくだっていう。 「発言はご自由にしていただき、一向にかまいませんよ、マリレル殿」 エルフの軍司令の娘ではあるものの、マスコット扱いでしかなかった彼女がここでの発言から変わる。 「あなた方は、魔法をわかっておられません」 ヒトがざわめく。横で、父レスタニアスが苦い顔をしながら、発言をする娘を見る。 「ゴブリン共を招き入れた後に、城壁、高層の建物をうちに向けて倒す、その役目を我々にとのことですが、城壁を一瞬で崩すのは、簡単におっしゃりますけど、あんな重いものを破壊するというのは、かなりの難易度ですよ」 レスタニアスをのぞく、エルフやノームがうなづいてみせる。 「そうでしたか・・」 カインとアベルが眉間を指でかき、困ったというような仕草をした。 「重い物は大変なのです。もっともっと、エルフやノームを雇っていただかないと無理」 カインとアベルの二人が顔を見合わせ、嘆いた。 「この作戦しかないと思ったのだが・・」 「そこで、より実現可能な策を提案します」 えっへんとマリレルは胸をそらせた。 「・・・ほう?」 「燃える水は御存じでしょうか?」 「もちろん、夜の灯などに使っているが・・」 よろしいと、マリレルがうなづく。 燃える水は、精製されていない石油である。 「可能な限り大量に集めてください。それと枯草など、燃えひろがるモノも。それで城壁の周りを埋めてください。ゴブリンが城内に入るのを見届け、一斉に我々が火を放ちましょう」 『ほ~』っと歓声が沸き立つ。 「破壊するのは4つの城門のみ。これぐらいなら可能かな。せっかく、集めたのだから、逃がしちゃ駄目だし」 カインとアベル、二人が目を丸くして、マリレルを見る。 「いかがでしょうか? これで、ゴブリンの蒸し焼きの完成です」 レスタニアスが無言で、娘の発言にうんうんとうなづく。 他、エルフとノームはヒソヒソ声で、「これなら可能ではないか?」「燃える水を集められるか?」とささやき始める。 カインとアベルの二人が席を立ち、マリレルの元へ歩み寄る。 「ん? 駄目かな?」 首をかしげたマリレルの手を二人が取り、頭をさげ、感謝の意を表す。 「大変、素晴らしい!」 「マリレル殿、感謝する!」 ヒトたちから拍手が沸き起こり、感嘆の声が漏れる。 「燃える水をどれだけ用意できるかだが・・・」 「あれはドワーフの地に、溢れているから・・」 「裏門だけは破壊しないで、そこに逃げてくるゴブリンを呼び寄せるのはどうか? そこに弓兵を配置して・・・」  話がどんどん進展していく。 ヒトの最高指揮官であるカインが皆に高らかに宣言した。 「これは焦土作戦と名付けましょう。敵もろとも焼き尽くします。大丈夫、その後で、すぐにこの街を再建してみせる!」                
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