ゴブリンの合従策

9/12
前へ
/12ページ
次へ
四方を山に囲まれた盆地に朝日がさし始めた。 それぞれの山の麓には、各種族がそれぞれ陣を築いている。 ヒトの軍は盆地の中央に大きく敷かれていた。その数は、史上類を見ない数、数万の兵士が朝食をとり、これから始まる戦に備えていた。 ルノは疲労困憊していた。この一週間は、日に1.2時間の仮眠しか取れていない。 ルノは不安そうに、エルフやノームが陣を張った山を見つめた。 「中途半端な位置に陣を張ったものだな、奴らは」 甲冑をかぶったフミナス第四皇子が、ルノの後ろから声をかける。 ゴブリン軍の最高指揮官として、皇子フミナスが戦場に出ていた。 ルノは恐縮する。 「もっと、こちら側に来るように、何度も催促したのですが」 「もういい、ルノ、奴らに期待するな。我らと、オーク、ドワーフで叩きのめせばよい。形勢優位と見れば、あの山にいるコボルトもハーフリングの奴らも、流れてくる」  エルフとノームが陣を敷いた山は、最もヒトの陣営に近い場所にある。そして、ハーフリング、コボルト、トロールの軍を挟んで、ゴブリン・ドワーフ・オークが構えた。 「フミナス様、もう一度、もう一度私が行ってまいります。ここで裏切られるようなことがあってはなりません」 「もう、やめておけ。奴らは戦う気などあるまい」  先日の会議においても、両者の代表として現れたのは、特に力をもった武官ではなかった。出席の事実を作るためだけの者を派遣していた。 そして、もっともヒトに近い場所に位置している。誰の目から見ても、どちらについているのかは明らかだった。 「見物でよいではないか。奴らが動かないのならば、それでよい」  数時間後に戦闘が始まる。今更であることは、ルノにもわかっていた。 しかし、自身が中心となって進めた合従策において、もっとも時間を費やしたのがエルフとの折衝だった。 あきらめきれない思いがあった。 「私が戻らなければ、エルフはヒトとあるとのご判断をしていただくようお願いします」  すでに、誰の目からもエルフとノームはヒト方にあったが、ルノだけは、これを受け入れていない。 「・・・わかった。行ってこい」  皇子フミナスにとって、ルノは忠臣であった。しかし、この期に及んで、幕僚の中、不安をまき散らす者がいることは不快であった。 「ありがとうございます! それでは!」 ルノは皇子のいる場を離れ、自身の馬を並べた場所へと速足で急ぐ。 黙って、ルノの後ろに付き従っていたスフレムが口を開いた。 「今更でしょう。ルノ殿、ここまで舞台を作ったのだ。エルフがヒトに与することも、想定内ではないか」 「私は勝利のために動いている。どれだけ、エルフに時間を費やしたと思っているのだ!?」 スフレムは足を止めた。速足で進むルノとあったいう間に距離が開く。ルノが後ろを振り返った。 「悪いが、わしは行かぬ。生け捕りにあって、終わるなどまっぴらごめんだ。わしは、今日、先陣をきるために生きてきたのだから」 この2年間、二人は常に共にあった。各種族の国へ、共に出向き交渉を行った。何度となくエルフの国へも赴いた。 「・・・スフレム殿は、エルフは裏切るとお思いですか?」 「誰の目からも明らかでしょう? 何故に今更・・・」  ルノは何度となく、話し合いの場をもったエルフの軍司令レスタニアスと、その娘マリレルの顔が思い浮かぶ。  国の意向とは異なり、彼らは自分に賛成してくれていたとの思いがルノにはあった。 「エルフの一部だけでも、マリレルの指揮下にある者たちだけでも、こちらに立ってくれたら!」 「馬鹿なことを! よいか、各種族が、野良のエルフをそれぞれ抱えている。それはわが軍においても同様、魔法一つで崩れることはない!!」 「わかっています、わかってはいるが、奴らが勝利の最後のピースでしょうが!」 スフレムはため息をついた。 「お気をつけて」 ルノは駆け寄り、スフレムの手をとる。 「スフレム殿、ご武運を」 スフレムも手を差し出し、互いに固くにぎりあった。 「これほどの舞台を用意していただき、感謝している」 生きる目的を失っていたスフレムにとって、本心でしかない。 エルフが陣をしいた山へ、一人、馬に乗って駆け出すルノを見送った。 一騎で、駆けるルノ、様々な思いがめぐる。 モスレロアの戦い。 家族、妻、娘。 「勝たねば、ゴブリンに未来はない」 独り言ちた。 エルフの陣が見えてくる。 3メートル近くもあるゴーレムを従えた、エルフの兵士が槍を持ち、行く手を阻む。 「何者か!? 武具を外し、馬から降りよ!」 その声を無視して、馬上から、ルノが叫ぶ。 「ゴブリンのルノが参ったとレスタニアス殿に取り次いででくれ! 至急だ、何度もお目通りしている!! はやくしてくれ!!」 兵士たちがざわめく。顔を見合わす。 一人が場を離れ奥へと小走りに向かった。          
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加