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四方を山に囲まれた盆地に朝日がさし始めた。
それぞれの山の麓には、各種族がそれぞれ陣を築いている。
ヒトの軍は盆地の中央に大きく敷かれていた。その数は、史上類を見ない数、数万の兵士が朝食をとり、これから始まる戦に備えていた。
ルノは疲労困憊していた。この一週間は、日に1.2時間の仮眠しか取れていない。
ルノは不安そうに、エルフやノームが陣を張った山を見つめた。
「中途半端な位置に陣を張ったものだな、奴らは」
甲冑をかぶったフミナス第四皇子が、ルノの後ろから声をかける。
ゴブリン軍の最高指揮官として、皇子フミナスが戦場に出ていた。
ルノは恐縮する。
「もっと、こちら側に来るように、何度も催促したのですが」
「もういい、ルノ、奴らに期待するな。我らと、オーク、ドワーフで叩きのめせばよい。形勢優位と見れば、あの山にいるコボルトもハーフリングの奴らも、流れてくる」
エルフとノームが陣を敷いた山は、最もヒトの陣営に近い場所にある。そして、ハーフリング、コボルト、トロールの軍を挟んで、ゴブリン・ドワーフ・オークが構えた。
「フミナス様、もう一度、もう一度私が行ってまいります。ここで裏切られるようなことがあってはなりません」
「もう、やめておけ。奴らは戦う気などあるまい」
先日の会議においても、両者の代表として現れたのは、特に力をもった武官ではなかった。出席の事実を作るためだけの者を派遣していた。
そして、もっともヒトに近い場所に位置している。誰の目から見ても、どちらについているのかは明らかだった。
「見物でよいではないか。奴らが動かないのならば、それでよい」
数時間後に戦闘が始まる。今更であることは、ルノにもわかっていた。
しかし、自身が中心となって進めた合従策において、もっとも時間を費やしたのがエルフとの折衝だった。
あきらめきれない思いがあった。
「私が戻らなければ、エルフはヒトとあるとのご判断をしていただくようお願いします」
すでに、誰の目からもエルフとノームはヒト方にあったが、ルノだけは、これを受け入れていない。
「・・・わかった。行ってこい」
皇子フミナスにとって、ルノは忠臣であった。しかし、この期に及んで、幕僚の中、不安をまき散らす者がいることは不快であった。
「ありがとうございます! それでは!」
ルノは皇子のいる場を離れ、自身の馬を並べた場所へと速足で急ぐ。
黙って、ルノの後ろに付き従っていたスフレムが口を開いた。
「今更でしょう。ルノ殿、ここまで舞台を作ったのだ。エルフがヒトに与することも、想定内ではないか」
「私は勝利のために動いている。どれだけ、エルフに時間を費やしたと思っているのだ!?」
スフレムは足を止めた。速足で進むルノとあったいう間に距離が開く。ルノが後ろを振り返った。
「悪いが、わしは行かぬ。生け捕りにあって、終わるなどまっぴらごめんだ。わしは、今日、先陣をきるために生きてきたのだから」
この2年間、二人は常に共にあった。各種族の国へ、共に出向き交渉を行った。何度となくエルフの国へも赴いた。
「・・・スフレム殿は、エルフは裏切るとお思いですか?」
「誰の目からも明らかでしょう? 何故に今更・・・」
ルノは何度となく、話し合いの場をもったエルフの軍司令レスタニアスと、その娘マリレルの顔が思い浮かぶ。
国の意向とは異なり、彼らは自分に賛成してくれていたとの思いがルノにはあった。
「エルフの一部だけでも、マリレルの指揮下にある者たちだけでも、こちらに立ってくれたら!」
「馬鹿なことを! よいか、各種族が、野良のエルフをそれぞれ抱えている。それはわが軍においても同様、魔法一つで崩れることはない!!」
「わかっています、わかってはいるが、奴らが勝利の最後のピースでしょうが!」
スフレムはため息をついた。
「お気をつけて」
ルノは駆け寄り、スフレムの手をとる。
「スフレム殿、ご武運を」
スフレムも手を差し出し、互いに固くにぎりあった。
「これほどの舞台を用意していただき、感謝している」
生きる目的を失っていたスフレムにとって、本心でしかない。
エルフが陣をしいた山へ、一人、馬に乗って駆け出すルノを見送った。
一騎で、駆けるルノ、様々な思いがめぐる。
モスレロアの戦い。
家族、妻、娘。
「勝たねば、ゴブリンに未来はない」
独り言ちた。
エルフの陣が見えてくる。
3メートル近くもあるゴーレムを従えた、エルフの兵士が槍を持ち、行く手を阻む。
「何者か!? 武具を外し、馬から降りよ!」
その声を無視して、馬上から、ルノが叫ぶ。
「ゴブリンのルノが参ったとレスタニアス殿に取り次いででくれ! 至急だ、何度もお目通りしている!! はやくしてくれ!!」
兵士たちがざわめく。顔を見合わす。
一人が場を離れ奥へと小走りに向かった。
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