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仕事
その影を説明すのに、この日の昼前へと時間は戻る。
「おい、てめぇら。今日は客がくるから笑顔でやれよ」
「「はい!」」
「クオンのことはなにも言うなよ。おい、返事は?」
「「は、はいィィィ」」
震えるベトナム作業員たちを社長は念を押すかのようににらんだ。
「ふーん。この部品会社で容疑者は働いていたんですね」
「畑くん、中に入りますよ……?」
「あ、じろーさん、すみませんっ」
聞き込みに来た町工場の外観を眺めていた畑大介は、刑事の先輩(といっても定年間近のおじいちゃんだが)太川次郎に促されて、薄汚れた工場へと足を向けた。
「一ヶ月程前まで、グエン クオンが外国人実習制度の実習生として従事していたそうですが……」
中に入り、次郎は社長に尋ねた。
「ああそうだ。一ヶ月前、クオンは辞めたが、それしか私に言えることはない。
来るやつも去るやつも多いから、一人一人覚えちゃいないんでね。忙しいから、もういいかい?」
「そうですか、残念です。
ご協力ありがとうございました」
いい加減な返答しかしない社長に次郎は丁寧にお辞儀をして踵を返す。
ただ、社長も気づかぬ鋭い目をたずさえて――と、その目は畑を捉えた。
「ん? あんたらが、クオンのこと知らないわけないだろ? なんでもいいから教えろ」
畑は恐ろしい顔をしてベトナム人に迫っていた。この顔で強気にいけば落とせぬものはないと信じて、細い目を鋭く光らせる。
やれやれと、次郎は畑へと歩を進める。
((今聞いてもムダでしょう。あの作業員たちはオドオドと社長の様子を伺っている……))
「畑くん、帰りますよ」
「え? じろーさん、まだなにも聞けて――」
「帰りますよ!」
次郎の仏顔が般若に変わり――、
「……はい」
畑はしゅんとして、次郎と共に工場を出た。
「さてと……。畑くん、この工場に電話して、社長としばらく話してて下さい」
「え、電話で? 話すってなにを――」
「クレームでもなんでも適当でいいです。私が帰ってくるまで話してて下さいね」
「ああ!」
畑が気づくと、次郎はにっこり笑い、再び工場へと行った。
数分後……、工場から出てきた次郎を見て、畑はスマホを耳から放し、社長との電話を切った。
「電話をありがとう。うまくいきましたよ。今日のお昼はハンバーガーにしましょう」
そう言うなり、次郎はスタスタと歩き出す。
「ハ……? え?」
わけがわからないまま、畑は次郎を追いかける。
「容疑者がよく行ってたハンバーガー屋があるそうです。そこで新しい仕事も紹介してもらったらしいと、話してくれました」
次郎は年のわりに、軽快に歩きながら説明する。
「あ、そ、そういう、ことですか」
畑はすでに息が上がりそうになりながら、ついていった……。
そして、バー・カリフォルニアの近くまで来た二人は見たのである。
外国人二名と日本人らしき一名が会話をした後、その日本人が後をつけだしたのだ。
「怪しいですよね? 俺、ついていきます!」
先輩の許可も聞かずに、畑は動き出した。
「あ……。ハンバーガー屋に行きたかったんですけどね……」
次郎も仕方なくついていったのだった。
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