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ドーナツ
これは、青城辰広が刑事課に配属される前の、まだ青かったころのストーリーである……。
「ああ、いい天気だなぁ」
正午前。泊まりの交番勤務を終えた青城は、名古屋の街中をのんびり歩く。
GW過ぎのこの季節、外を出歩くには気持ちいい。しかも、平日の日中なら、土日に比べて人通りは少なく、ストレスがない。
「シフト制勤務最高!」
人が周囲にいなくなった瞬間を見計らって叫ぶ。声は、大通りを流れる車の音にかき消されていく。
新米警官の青城は、念願の夢を叶え、ウキウキしていた。将来、刑事課でモラハラを受ける日々を送ることになるとは知らず……。
((さて、ランチはなににしようか。リーマンが出てくる前にとっておきたいけど……))
くりりとした目をキョロキョロさせ、横道を見ると、「ハンバーガー・ドーナツ」と書かれたのぼり旗がはためいていた。
青城はその旗に誘われるがまま、そのお店へと足を向ける。
「へぇ。夜はバーなのかぁ」
近くづいて店名を眺めてみれば、「バー・カリフォルニア」と掲げられていて、外には茨が巻ついていて、なんだか薄暗い感じだ。
外に旗が出てなければ、開いてるのをわからずに素通りしていただろう……?
いや、おかしい。名古屋では。
「パトランプがないな」
なぜ素通りしそうになったか青城は気づいた。名古屋ではお決まりの開店表示パトランプがなかったからだ。
「常連に来てもらえればええでねぇ」
「!?」
突然横から声がした方を見ると、ふくよかな白髪のおじいさんが、じょうろを持って立っていた。
「キミ、ウチで食べたいのかい?」
「あ、ハンバーガーとドーナツ両方あるのが気になりまして。いいですか?」
「ほうかい。ちょっと花の手入れをしとったんだが、すぐに仕度するからね」
店主は優しい笑みを浮かべて中に入っていった。
青城は、店主に続いて入ろうとして、茨に数輪咲いているのに気づいた。
「バラ、ですか?」
カウンターに腰掛けながら、聞いてみる。
「ああ。妻が花が好きだったんでねぇ。店の周りは色々な花を育ててるんだよ。
に、しても、キミはこんなとこによく来たねぇ」
「名古屋をふらりと歩いて気になった店に入るのを日課としてまして……。
僕、名古屋の土地感に慣れるためにこの日課を始めたんです。真っ直ぐの道だと思ったら実はカーブしてたり、ダンジョンな地下で迷ったりと……恐怖を感じまして」
「と、ゆうことは、地元はここじゃないの? 働きに出てきた感じ?」
「ま、そういう感じです」
説明するのが面倒くさくて、青城は適当に答えた。
「そうかい。そういうコらが時々来るよ。で、ここで仲間を作ったりね。あ、噂をすれば――ハロー!」
店主が手を振ったほう、入口には、日本人ぽくない男達――ブラジル人ぽい体格の良い人、アジア系な痩せた人と中東風の背が高い人が入ってきていた。
((あれ? 僕、あの人たちと同じだと……? 出稼ぎだと思われてる??
いや、僕は――目が大きめだけど、純日本人だし……、そんなことはないだろ))
と、青城が混乱していると、彼らと目が合ってしまい、とっさに会釈をする。
が、当然彼らは変な顔をし、「いつもの」と店主に伝えて、奥のテーブルへと向かっていった。
「オーケー」と答えた店主は、「キミはなにがいい?」と青城に尋ねる。
「あ、じゃぁ、チーズバーガーセットの――」
青城はセットメニューのドリンクとデザートを見て少し迷う。ニューヨークチーズケーキとドーナツどちらを選ぶのか……難しい。けど――
「ジンジャーエールとドーナツで」
結局、発見当初から気になっていたドーナツに決めた。
先に出されたジンジャーエールを飲みながら、ニヤニヤして青城は愛するドーナツを待ちわびる……。
ときおり、男らの話し声が聞こえてくる。英語のようだ。
彼らの共通語は英語なのか……と、ぼんやりと聞き入る。
((なんだかハーブがどうたらと言ってるようだが……、そういえば――))
「もうすぐラベンダーの季節ですよね? 富良野とか見に行ったことありますか?」
花を愛でる店主に、青城は花の話題をふってみた。
「富良野はないが、港区の荒子川公園で見てるよ」
「へぇ。そうなんですか。僕、北海道行ったことないから気になってたんですけど、荒子川公園でも――」
「ファッツ!?」
店内に声が響き、青城は叫び声がしたほうを何気なく見た。
奥で話していた彼らは、気づいた青城を警戒するかのように、ヒソヒソとなるべく聞こえないように話しだす。
「はい、おまちどうさま」
ハンバーガーと待ちわびたドーナツが置かれ、青城の頭はドーナツで埋めつくされていく。
ハンバーガーを一気ほおばり、ドーナツに手を伸ばす。手のひらサイズの砂糖たっぷりの輪っかを満足げに眺めて、口に入れる。
「Wow!」
懐かしい味が口いっぱいに広がり、青城は思わず声をあげた。
「ドーナツ好きかい?」
歓喜にあふれる青城に、店主は優しい眼差しを向ける。
「はい……」
自分がテンションが上がっていたことに気づいた青城は、恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「……ニューヨークにいたときに、警官に助けてもらって――、その警官がドーナツをくれて――その思い出の味に近くて――嬉しいです」
「そうかい。そう言ってもらえて、嬉しいねぇ。儂がアメリカ行ったのは三十年くらい前になるからねぇ」
「へぇ。だから、アメリカの味に近いんですね。ハンバーガーもおいしかったです」
「それはよかった」
笑顔で応える店主の後ろには、ボトルやグラスが並んでいる。
ニューヨークにいたとき大人だったらこんな感じのバーで楽しめたのだろうかと、ふと青城は感慨にふけり、ニューヨークを思い出す。
((そう……僕はあのとき、なりたいと思ったんだ。あの警官のように……))
青城は奮い立つと、男たちのほうに近寄っていった。
「困ったことがあったら、なんでも言ってくれ。相談にのるよ」
そう英語で青城は突然話しかけた。
当然男たちは困惑している。
青城は彼らの反応は気にせず、「またね」と爽やかな笑顔を彼らに向けると、店主に代金を払って店を後にしたのだった。
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