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第一話 ソウル
ソウル市江南(カンナム)地区の歩道沿いには街路樹が規則正しく立ち並び、綺麗に舗装されたタイルの上をビジネスマンから若者まで多くの人が行き交う。街の至る所にあるサムスン製の液晶ディスプレイには電車やバスの発着時間が親切に表示され、次々に広告が映し出される。
高層ビルが立ち並ぶ通りの一階には洗練されたカフェやブティックが軒を出し、色も形も様々なファッションに身を包んだ若い女性達が出入りしていた。
一見ソンミンも、そんな若い女性の一人だった。赤く染めたロングの巻き髪を風になびかせ、色白の愛らしい顔立ちにくっきりとした色合いのメイク、淡いレモン色のワンピースを着た彼女はこの街の風景によく馴染む。
しかし彼女はガラス越しに見える、スイーツを食べてお喋りしながら自撮りを楽しむ女性達の笑顔に、疎外感を感じるのだった。最先端技術が盛り込まれたGalaxyのスマホで高画質な写真が撮れるだけでも十分凄いことだが、アプリでフィルター加工したり、インスタグラムに載せたりといった楽しみ方がよく分からない。
ソンミンは食べ物を美味しく食べられるだけで十分だと思っていたが、それが当たり前に満たされると、もう一段階上の楽しみを求めるようになるらしい。
コスメショップには似たようで微妙に異なる美容グッズが大量に並び、音楽やドラマは毎回違うものが流れる。最新のスマホも家電も次々に登場するし、とても付いていけないほどの情報が溢れている。
まだまだ理解が足りないことが沢山ある。そうして街を観察しながら一人闊歩する。
「江南(カンナム)スタイル」で一斉を風靡したPSYのオブジェがある一角を通り過ぎ、待ち合わせの交差点でバスに乗り込んだ。
北緯38度線の南北朝鮮の国境周辺、通称、非武装地帯(DMZ)を見学に行くツアーバスだ。今やDMZは国内外の観光客に人気の観光スポットとなっており、一般人はツアーでのみ行くことができる。世界で最も隔離された国を一度見ようとする者、南北統一を願う者など、参加者の動機は様々だ。
しかしそんな観光客の中、ソンミンのようにたった一人でツアーに参加する若者は珍しく、バスの中で浮いていた。
DMZの訪問にはパスポートが必要なため、検問所で兵士がパスポートを確認しにやって来た。ソンミンは自分のパスポートを差し出した。
表紙には대한민국(大韓民国)、名前は이성민(イ・ソンミン)と記されている。兵士はパスポートの写真と彼女の顔を一瞥し、すぐに手元へ返すと、後ろの客の確認へと移って行った。
臨津江(イムジンガン)を越えると、そこはもう国境の手前だ。都羅(トラ)展望台へ到着し、観光客達はバスを降りた。暑い風が吹き、草の匂いが立ち込める。
小高い丘の上に立つ展望台から北を臨めば、眼下一面に緑豊かな森が広がる。その奥に霞んで見えるのは、二度と戻れない故郷の地だった。
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