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「あれ?もう帰るの?」
「んー?まあ、交代ってことで」
交代、とな????
不思議に思っていると、あ、こっちこっちと誰かに手を振った美由紀。
その視線の先はというと、
「えっ?!!」
「…っす」
制服姿の谷崎くんがいた。
ってちょっとまって何で?!!!
今日も実は断っていたから正直会うのは心苦しいんだけど…!
美由紀に目を向けるとにこっと笑って、
「あたし、はっきりしないの苦手なの。今日中に解決しなくとも、まず一歩さっさと踏み出して」
と言い残し、じゃあね♪と店を出て行ってしまった。
強引が過ぎやしませんかね…!!!?
ということで残された二人。
「唯先輩、今日忙しいんじゃなかったの」
「う…それは…その……」
「なに」
「……ごめんなさい」
どすっと椅子に座る谷崎くん。
……ここ、対面席なんだけれど。
「なんで、隣…?」
「逃げないように?」
疑問形で返されても困る。
ぐいぐいと、もっと奥に行けと体で押されて仕方なくズレる。
それでもぴったりくっついた肩と腕から伝わってくる温かさに、鼓動が勝手に駆け足になる。
やばい、顔、熱い。
「唯先輩」
「なに」
「なんでそっぽ向いてるの」
そりゃ顔を見られたくないからに決まっているでしょうが!!!とは言えず。
なんでもない。と言って視線を逸らし続ける。
美由紀は前進しろって言うけど何をどう進ませようとしてたの…。
ふと、店内に目を向けてハッとした。無数の女の子たちからの視線。
100%隣のイケメンに向けられているのだけれど、時折私の方に向けられて、そのすぐ後に聞こえてくる声。
「やば、超かっこいい…!」
「この間の試合見に行った~!やばーい!」
「隣、彼女とか?」
「ええーだとしたらショックだけど、無いでしょ」
「だよね、地味って言うか?」
クスクスと笑う声に血の気が引いた。
そうだ、すっかり忘れかけてたけど、谷崎くんが隣にいると変にみられてしまうんだ。
化粧はほとんどしてないし、髪形も簡単に。時間はオタ活同人イベに割くものと生きてきて、美由紀といる時こそ確かに人目は増えるけれどそういうのとは別の、嫉妬や嘲笑うかのような視線。
おまけに隣がイケメンとくればたまったものではない。
「唯先輩?」
「…あ、いや…」
何でもないと言って、早々にこの場を切り上げるべきなんだろう。
店を出たらすぐ距離を置くべきだ、というかもう逃げるしかないかと頭で考える。
それなのにこの男は。
「今日は送ってもいい?」
「え…?」
「家まで。もう帰るでしょ?」
「や、一人で…」
「嘘ついてたくせに」
「うぐ…っ」
つい今考えていたことが不可能になる提案。
ジッと、しかも至近距離で見つめてくる。
少し不機嫌そうな表情は、いつになく年下の男の子というのが表れていて、強張った体の力が少しだけ抜ける。
「いいって言うまでここ退かないけど」
「選択肢ないじゃん?!」
それはもう聞く必要なかったよね?!!
そう言うと、クスッと笑って「いいでしょ?」なんて言うものだから、
稀にしか見ないその笑った顔に心臓が痛いほど締め付けられて、その痛みに訳も分からず頷くことしかできなかった。
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