1、君と夏のワーミー

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1、君と夏のワーミー

 10歳の時、いつも一緒にゲームで遊んでいた好きな女の子と、画面の前で約束した。   「トウ君。ゲーム上手いからプロゲーマーになれるよ」 「僕、世界で最強のプロゲーマーになる!」 「じゃぁ私、トウ君のマネージャーになる! そしたら側で応援できるから」 「プロになったらユウホ。僕と結婚しよう!」 「うん!」  それから15年。  2020年夏、東京ビッグサイト。  日本中から格闘ゲームの神と称されるプロゲーマーが集まり、しのぎを削っていた。  人気格闘ゲー厶、ストレートブースターV(ブイ)。  僕はストV(ブイ)の画面から目を外すさず凝視。  キャラの攻撃パターンや反撃のタイミングに注視する。  そして画面から『KO!』の音声(ボイス)が聞こえると、熱狂的な歓声が上がり実況者が吠える。 『優勝は、スカァァアアイッ!』  スカイの名で通っているプロゲーマーの女性は、青く染めた髪をかきあげ退屈そうな顔で、自身のネイルが剥がれてないか確認していた。  ヒーローインタビューが終わり、熱狂の会場を立ち去ろうすると、eスポーツファンが彼女を囲む。 「スカイ! サイン下さい!」「スカイ! 握手を!」  男のファンが多く、安全面を考慮して僕は、彼女の盾になるよう割って入った。 「あ〜下がってください。スカイは次の予定が入ってます」  ファンを遠ざけ逃げるように立ち去ろうとすると、漏れ出た嫌味が追いかける。 「んだよ? プロゲーマーのマネージャーとか意味わかんねぇよ。腰巾着」 「アイツ。どっかで見たことあるな?」  こういう仕事をしていると、耳の痛い話ばかり入る。  僕こと、尾渡(おわた)人生(とう)は現在、プロゲーマーの「スカイ」こと、幼馴染みの須海(すかい)由歩(ゆうほ)のマネージャーを勤めている。  人気プロゲーマーとなればメディアに取り上げられる機会も多く、ゲーム企業から宣伝のオファーが殺到。  ましてや由歩は愛らしい顔立ちの為、その人気いは今やアイドル並み。  由歩はゲストルームのソファに寝そべると気だるそうに聞いた。 「ジャーマネ。明日の予定は?」  彼女に言われ、機敏に手帳を開き読み上げる。 「はい。明日はスポンサーと新発売のゲームのCM打ち合わせ。その後はヤングジャンボのグラビア撮影。最後は週刊ハスキーとワニ通のインタビューです」  という具合にマネジメントできる人間が必要な訳である。  しかし由歩は気分屋。 「なんか気分が乗らないからキャンセルして」 「そういうわけには行きませんので」 「相手のプレイスタイル見てたら、変なこと思い出しちゃったから、テンションだだ下がり」 「はい?」 「ガチャガチャボタン押して、やたら食い下がる感じ、昔のあんたのプレイに似てた」 「そ、そうですか」 「昔さ。あんたがプロになったら私と結婚するって言ってたじゃん?」 「さぁ、覚えてません」 「今思い出すと、キモいよね〜」  ホント、キモいよね〜……。  死にたいくらい同意せざる得ない。  数年前はプロ養成学校を出て、大きな大会で何度も優勝した。  名前も業界に知られ、自分の実績を鼻にかけて傲慢になっていたのだろう。  ある大会で自分よりも年下のゲーマーに油断し、惨敗。  それ以来、スランプになり負けが続いて、プロとしてやっていけなくなってしまった。  一方、僕より遅れてプロゲーマーになった由歩は、その才能をみるみる開花。  今や負け知らずのプロ選手になっていた。  仕事をなくした僕を、幼馴染の(よしみ)で彼女がマネージャーにしてくれたのだ。  まるで拾われた捨て犬。  彼女には頭が上がらない。   §§§  某日、今回の対戦相手に僕は驚愕。  養成学校時代、僕にプロの技術を教えてくれた先生だった。  恩師と言ってもいい。  先生に挨拶すると、彼は愛想笑いで返し、うなだれながら壇上へ上がる。  先生はプロ歴8年のベテラン。  近年、強い若手のプロゲーマーがゴロゴロ現れ、世代交代の流れに危機を感じスランプに陥っている。  最近は先生の負けをあっちこっちで聞いていて不安だ。  運悪く対戦相手が由歩。  まさに泣きっ面に蜂。  試合開始。  由歩は子供の頃から愛用する女子高生ファイターを選択(セレクト)。  対する先生はホウキ頭の軍人キャラを選択。  対戦格闘ゲームは2ラウンド制すれば勝ちだ。  制限時間内に相手の体力ゲージをより多く減らすか、ゲージを0にしてKO勝ちするかで勝ちが決まる。  引き分けの場合は3ラウンドに持ち越され、そこが最後の勝負。  由歩は怒涛のごとく先生を画面の端まで追い詰めて行き、あっという間に最初のラウンドを制覇。  2ラウンド目、先生は由歩の手の内が分かったのか攻め続けた。  しかし、由歩は先生の攻撃パターンをものの数秒で熟知、再び先生を画面端まで追い詰めて2ラウンド目も制覇。  プロになって2年の由歩は、8年のベテランに圧勝した。  余裕の由歩は爪を気にする。  反対に肩を落として消沈した先生へ声をかけた。 「先生!」 「情けないな」と漏らし隅のベンチに沈む。  由歩はリングの外にいても、敗北した者を容赦なく追い込む。 「8年もプロでやってきたのに、こんなもんなんだ~」  やめてくれ。  先生にだって応援するファンがいるんだ。  それ以上、ファンの目の前で辱めるな。 「ホント、8年も人生ムダにしたよね~」  やめろ!    込み上げてくる激情を言葉に乗せる。 「お……ま」 「何ジャーマネ? 恩師の代わりになんか言いたいの? 声小さくてキモ」 「お前に赤い血は流れてないのかぁぁあ!?」  会場が静まりかえった。
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