嘘つき

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 あれから3日...3日経った。——綾西が完全に沙原に見捨てられて。  もちろん綾西はずっと部屋に引き籠っていて、出てこようとはしなかった。  だけどそのことについて、誰も心配も何もしていない。綾西は本当に1人だった。  あとは俺自身の目でその完成体を確認するだけだ。  それで———綾西は終わりだ。  ——  ————  ——————  「愛都から俺の部屋に来るなんて、珍しいな。ほら中に入ってゆっくり話をしようよ」  そうして来たのは叶江の部屋。  叶江は玄関から中に入ろうとしない俺の手を掴み、中へ引き入れようとするが、その手を振り払い舌打ちをする。  「無駄話はいいからさっさとあれを渡せ。お前のことだから、どうせ俺が何をもらいにここまで来たのかわかるんだろ?」  「はぁ...本当可愛げないなぁ...これだろ?お前が欲しいのは、」  すると叶江はズボンの後ろポケットからスペアキーを出し、俺に見せてきた。  ―本当、準備がいい。おかしな程に。  愛都はそのスペアキーを見て、もらおうと手を伸ばす...が、  「おい、叶江」  「甘いなぁ。タダでこれは渡せない」  叶江はスペアキーを俺の前から遠ざけ、再び後ろポケットにしまった。  それに対し、愛都は思わず舌打ちをする。  「おねだりの仕方...ちゃんと覚えてる?愛都」  そういい、妖艶な笑みを浮かべる叶江。  「...はっ、くだらねぇ」  再び愛都は舌打ちをすると、叶江の肩に手を置き...——甘さも何も感じさせない、キスをした。  僅かな屈辱感を感じ、わざと粗末に唇を押しつけるだけのもの。  「...っ、これでいいだろ。早く渡せ、」  「んー、なんかちょっと...いや、結構俺が教えたのとは違うけどなぁ...頼みかたも全然可愛げないし。まぁ、いいよ。今の愛都がちゃんとキスしただけ、まだマシか」  「余計なこと言ってないで早くしろ」  スッと叶江の前に手を差し出せば、今度はきちんとその上にスペアキーを置かれる。  それを確認するとさっさとこの部屋から出てしまおうと叶江に背を向けた。  「泰地、あいつは面白いよ。精神面は弱いけど...その分、依存した相手にはとことん嵌っていくね」  「...何がいいたい」  「ははっ、いいや別に。ただ、このことを愛都は覚えてるのかなって確かめただけだ」  おかしそうに笑い、目を細める叶江。その言葉に何か意味があるのか、と一瞬考えるが、内容的には周知の事実だったため深く考えることをやめた。  何も引っかかる点など思いつきもしないのだから。  「さっそく行くんでしょ?ほら、楽しんできなよ」  叶江はドアを開けると動かない俺の肩をポンと押し、外へ出す。  振り返って叶江の方を見るが、やはり叶江はただただ笑っているだけだった。  暗い部屋。荒れたリビング。  綾西の部屋の中は前に一度来た時と違って、酷く荒んでいた。  散々暴れたのだろう、床の上にはガラスの破片やバラバラに裂かれた紙。倒れた家具が散乱しており、満足に歩けたものじゃなかった。  きっと1人という孤独に耐え切れなくなった衝動で暴れたに違いない。  聞いたところによると綾西に同室者はいないようだった。  ―綾西は...個室のほうか、  物音1つしない部屋の中、見てないのはそこだけだ。  愛都は湧き上がる高揚感を抑えることができないまま、ゆっくりと綾西がいるであろう場所へと向かう。  ―ガチャ...  そして部屋の前に着き、扉を開ければ隅でうずくまる1つの影を見つけた。  そっと近づくが、特に反応はせず綾西はうずくまって座るだけ。  やはり部屋の中は薄暗かったが、リビングのようには荒れていなかった。  聞こえるのは愛都の僅かな息遣い。綾西はピクリとも動かず、物音も出さない。  ―ガッ...っ、  そんな綾西の肩に片足を乗せ、そのまま上半身を壁に押し付けた。  そこで漸く綾西はゆっくりと顔を上げ、愛都のほうを向いてきた。  俺だけを見て俺だけを憎んだ男の成れの果て...生気の感じられないその瞳に愛都は僅かな興奮を覚えた。ゾクゾクとして気持ちが高ぶる。  「...今のお前は最高だ。多くの人間の前で被っていたあんな仮面の姿よりもよっぽど興味をそそられる」  そう、綾西の耳元で囁き、満足した愛都は足を肩から離し、部屋を出ようと背中を向けた。  ―あの調子なら、もうすぐあいつも退学し、ここから去っていくだろう。  上手くいけば人間不信に陥って社会に復帰することすら難しくなるかもしれない。  綾西の未来を考え、自分の口角が徐々に上がっていくのがわかった。  死人同然の綾西。だが、打って変わって愛都の胸のうちの霞は減り、幸福感さえ感じる。  ―Prrrr...  そんな時、突然の着信音で愛都は踏み出そうとした足の力を抜いた。  そして出ようとポケットの中に手を突っ込んだ瞬間...  「...ぐっ!...ぁ...」  何か硬い物で頭を殴られ、その衝撃のまま愛都は床に膝をついた。  それを狙ってたのか、その瞬間背中を押され、うつ伏せで押し倒される。  「...あや、にし」  ズキズキと痛む、頭をどうにかする間もなく、今度は肩を引っ張られ仰向けにされた。  ぐわぐわと視界が歪み、上手く焦点が合わせられない。  ―クソっ...油断してた。  綾西は上に跨ると俺の首を掴んで弱くだが力を入れてきた。 細められる気道。呼吸はできたがどこか息苦しく、荒くなってしまう。  「お前にも...まだ、そんな力残ってた、んだ...っ、」  漸く、焦点が合ったとき、俺は少しでも主導権をとられないようにと余裕のある笑みを作った。  だが綾西はあの暗い目をしたままで前と違い、そんなことでは動揺を見せてこない。  「...俺、わかったんだ...俺は、1人じゃないって、」  ぽつりぽつり、と言葉を紡ぎだしていく綾西。その言葉に愛都は眉をひそめる。  「俺の本性を知って...悪い部分を知って、それでも俺に関わってくるやつ、俺を見てくれるやつは今までいなかったけど...だけど今は違う。初めてそういうやつが現れたんだ」  「千麻、あんただよ」そう囁かれ、俺は顔を引きつらせた。  「そう気がついた瞬間、あんたに対しての憎しみが消えた」  「...何を言ってるのか...さっぱり、だな」  「いいや、隠さなくていい。俺は信じてたんだ...きっとまたあんたは俺に会いに来てくれるって...そしたらどうだ、その通りになったんだ。そんなやつ、千麻が初めてなんだ。俺は千麻が必要だって改めて確認させられた。なぁ...お願いだよ、なんでもする...何でもするから、俺をそばにおいてくれよ...っ」  そう言い首を絞めていた手を離して、急に涙を流し始めた綾西は俺の胸に縋り付いてきた。  予想外の言動に対し、俺は一瞬困惑した。  どうやらあの時、叶江が言っていた言葉の本当の意味はこういうことだったらしい。  悔しいことだが、叶江は綾西がこうなると予想していたんだ。  ―でも、その先は?叶江はどう予想したか、  ...きっと、懇願する綾西を冷たく見捨てると思ったはずだ。  あいつは俺のことをわかっている。俺がどれだけこいつらを憎んでいるか。    もしこれで俺が綾西の手を取れば、綾西は再び闇から救われるということになる。  「千麻...千麻...っ、俺には千麻しかいないんだ...っ、」  しかし、手をとらなければ...  ― 面白い。いい機会だ、俺の欲望のままこいつを見捨てて叶江の考えた物語の上を歩くとは限らない、ということを叶江にも教えてやろう。  「俺には、あんたしか...っ、何でもする、から」  「...何でもするって?」  「千麻の言うことなら何でも聞く!だから...だからっ、」  「都合のいい言葉だな。お前、忘れたわけじゃないだろう、宵人のこと。俺はそのことについてお前を許すことはない。愛してもやらない...一生」  「...っ」  「...でも、これから先、お前が俺の命令を全て受け入れるんなら、他の奴らとは違ってお前だけ特別にそばにおいてやってもいい」  俺がそういい笑めば、綾西は涙と鼻水で汚れた顔のまま目を輝かせた。  「それで...いい。千麻のそばに、」  近づいてくる唇。俺は綾西の首に手を回し、それを受け入れた。
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