嘘つき

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 「ん...あぁ、そうか」  ハッと目が覚め見慣れない光景が視界に入るが、すぐ隣で俺を抱きしめながら眠る男の存在で、すぐに状況を思い出した。  あのあと求められるまま体を綾西にあずけ、セックスした。  酷く興奮した様子の綾西はしつこく何度も俺の中に出した。  しかし今、特に体の中にそれがある感覚は無い。肌もべたついていない。 俺が眠っている間に綾西が始末し、俺の体も綺麗にしたようだった。  ―そういえば、電話...  愛都は上体を起こし、すぐ近くにあった上着を手繰り寄せるとポケットの中から携帯を取り出す。  「...んっ...」  するとギシリ、とベットのスプリングの音がなり、腰の部分をきつく抱きしめられた。  「...寝てる、」  しかし、当の本人は未だに気持ちよさそうに眠っていた。  ― 俺を放すまい、と無意識に体が動いたか...本当、酷く依存されたものだな。  漠然とした思考のまま、綾西を一瞥し、再び携帯に目を向けた。しかし、その瞬間愛都の表情は固まる。  「...っ!病、院から...?」  そこには宵人が入院している病院から着信履歴が残っていた。  ―宵人に何かあったのか...っ。  いてもたってもいられず、愛都は時間を確認することも無く、すぐに電話をかけなおした。  「あ、あの、すいません、先ほど電話をいただいた千麻ですが、」  電話がつながり、愛都同様、少しあわてた様子の看護師が用件を聞いてきた。  しかし、愛都が名前を名乗ると、その看護師は、ハッと息を飲み込んだ。  『千麻 宵人君...———— 目を覚ましましたよ』  「...っ、」  その言葉を聞いて愛都は目を見開き、呼吸をすることさえ忘れてしまう。  緊張で汗を掻く手の平。高まる鼓動はおさまることなく、心臓を責めたてた。  目の前にある病室の番号はもう何度も確認した。  医者には絶望的だ、とまで言われた意識の回復。  嬉しさのあまり、腰の痛みも忘れ早朝、日が昇ると同時に待機させていた家の車に駆け込んだ。  山奥にある学校からこの病院まで3時間もかかった。その3時間の間、俺は宵人のことで頭がいっぱいだった。  宵人と話したいことはたくさんあった。だけど真っ先に言うべきことは...  ― 一緒にいてあげられなかったことへの謝りの言葉だろう  深呼吸すると愛都は2度扉をノックし、静かに開けた。  「...っ、よい..と、」  顔を上げた先にいたのは愛しい宵人の姿。  上体を起こし、ベッドの上から窓の外を眺めるその姿に愛都は息をのんだ。  一歩、また一歩と宵人に近づいていく。  痩せてしまった細い体。長い間屋内にいたことによって、肌は一切日焼けをしておらず透き通るように白かった。  「宵人...宵人...っ、——— ごめん、ごめんな、一緒にいてあげられなくて...っ、」  そして宵人の目の前に近づいた時、俺は言葉を振り絞って謝った。———しかし、  「宵人...?」  宵人は愛都が近付いても、話しかけても無反応だった。  体もピクリとも動かず、まばたきさえもしていないのでは、と疑うほどであった。  「...宵人...許してくれとは、言わない。でも...少しでいい、また前みたいに一緒に話をしたいんだ」  前にかがむと、ギュッと手を握り真摯に見つめる。  こんな俺なんか見たくもないのかもしれない。きっと俺が宵人のことを見捨てたと思っているのだから。  だけど...それでも...一言でいい、俺はまた宵人自身の声が聞きたかった。  だが依然として宵人は何も反応することはなく、ただただ窓の外を見つめている。  「失礼します。あの、愛都さん少しお話してもいいですか?」  その時、ノックの音が聞こえ、様子を窺うようにして看護師と医者が1人ずつ入ってきた。  『宵人さんは奇跡的に意識を回復させましたが、首吊りによる自殺を図った際、血液が脳に供給されなくなってしまいそれが原因で脳機能に影響を及ぼしてしまったようです。  首を吊った状態が長ければこういった後遺症を残すこともあって...——— 』  そう、説明する医者の言葉は重く、愛都は茫然としてそのことを聞いていた。  言語、認知、行為、記憶などの高次脳機能が脳損傷のために障害を起こしている状態のことを言うらしい。  ―だから、か。俺が話しかけても何も反応せず、ボーっと窓の外を眺めていたのは。  病院の待合室で何度も何度も先程の宵人の様子を思い出す。本当、あの姿は人形のようだった。  「...でも、目は覚めたんだ」  それだけでも十分喜ばしいことではないか。  それに話すことなどは、これからリハビリをしていく中、生活していく中で回復していく可能性もある、とも医者から言われた。  宵人はまだこれから。漸く第一歩を踏み出したのだ。  ...それにしても、  随分とタイミングが重なったものだな、と思った。  綾西が完全に堕ちた頃、宵人は目を覚ました。まるでそのタイミングを狙ったかのように。  ―復讐が1つ成功すれば宵人も回復した。    非現実的な考えだが、そうも捉えられた。  それじゃあ1人、また1人と堕としていけば...最後には宵人も前のように...    そんなことなどあり得ない。そう頭の隅では思っていても、愛都はその考えをやめることができなかった。  「やぁ、宵人目が覚めたんだろう」  急に目の前に影ができ、顔を上げればそこには叶江が1人おどけたように笑って立っていた。  「...なんであんたがここにいるんだよ」  「まぁまぁ、そんな低い声出さないでよ。俺、ビビっちゃうじゃん」  誰が見ても分かりやすいほどに、苛立ちを表に出す愛都を見て叶江はそういいながらも笑顔を絶やすことはなかった。  そんな叶江を見ているのが嫌で、愛都は立ちあがると叶江を押しどけ病院の外へと向かう。  なぜこんな所に叶江が来ていたのかは謎だが、そんなことは関係ない。  叶江は愛都を苛立たせる存在なだけにすぎなかった。  「あーあ、つまんないの。宵人も目覚めちゃうし.....まぁ、どうせまたダメになっちゃうんだろうけど」  だから、無表情のままそういう叶江のことなど愛都は知りもしなかった。
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