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醜行
「愛都君、今日もお昼は食堂で食べないの?」
「うーん、そうだね。あまり騒がしいところは好きじゃないから。多分これからも大抵は教室かどこかべつの静かなところで過ごすつもり。ごめんね、いつも誘ってくれてるのに」
「う、ううん!大丈夫だよ、気にしないで。それに昼が無理でも寮に帰ってくればずっと愛都君といれるし、それだけで満足!」
「本当?そういってもらえるとすごく嬉しいな。俺も沙原君と一緒なの居心地が良くて...」
頬を赤く染める沙原に愛都は笑みを向ける。そうすれば沙原は一気に耳まで赤くした。
「それじゃあ俺、今日日直で朝早いからそろそろ行くね」
「えっ、あ、そうなんだ。じゃあ...僕も愛都君に合わせてもう出ようかな」
「でも沙原君、香月君と永妻君が迎えに来るんでしょ?待ってなくていいの?」
すると沙原は「...そうだよね」と俺の言葉に対して残念そうな口調になる。
さすがの沙原もまだ良心が残っているようであまり香月達を無碍に扱っていないようだった。
―俺と深く関わっていないうちは。
それを証拠に、沙原は愛都との距離が縮まる綾西に対して嫉妬し、態度も豹変した。
恋は盲目、という言葉があるがまさにそれは沙原にお似合いの言葉だった。
自分の恋路の邪魔をする人間は親しくしていたものであろうと許さない。
周りから天使のような容姿と性格だ、と褒め称えられている沙原はそんな人間臭い一面を持っている。
所詮、内面も全て完璧な人間なんてこの世にはいないんだ。誰もが穢れた感情を持っている。
―まぁ、そんな内面のおかげで俺は沙原を思いのまま動かすことができて、色々と利用しやすいという利点があるんだけども。
「それじゃあ、いってくるね」
鞄を肩にかけ、靴を履くと俺は軽く振りむき沙原に手を振る。
そして振り返す沙原を見て前を向いた時“コンコン”とドアをノックする音が玄関に響いた。
「あっ!和史たちもう迎えに来てくれたのかな」
その音に沙原は顔を輝かせ、俺は心の中で悪態を突く。
せっかく久々に心地よく1人で登校できると思ったのに、これではまたいつものように4人で登校させられてしまう。
「今開けるねー」と沙原は嬉しそうにドアを開けた。
「 ...え? 」
しかし、ドアを開けた沙原の口からは歓喜の声ではなく、僅かに嫌悪が混じる疑問の声が上がる。
「...おはよう、愛都」
香月達がいるであろうと予測したそこには、1人、ぽつんと佇む綾西の姿があった。
「愛都、一緒に学校に行こう」
「一緒に?それにしても、綾西君にしては随分早いね」
「あぁ。俺、愛都と一緒に行きたくていつもより早く起きたんだ」
綾西は俺のことをジッと見ながらそう続ける。
そんな綾西を見て、俺は香月達と4人で登校するよりは綾西1人の方がはるかにマシか、と思い直しニコリと笑って一歩前へ足を踏み出す。
すると先程の沙原のように目を輝かせる綾西。
「ちょっと待って!どうして泰地がここにいるの!?愛都君を...愛都君を傷つけておいて、」
そして正論をぶつけて不満を曝け出す沙原。
―確かに、何も知らない沙原からすればそうなるよな。
俺を階段から突き落とした——いや、正しくは俺がわざと落ちただけだが——綾西がこのように俺の目の前に現れれば...沙原も怒りを見せるだろう。
「ねぇ、愛都君も嫌でしょ?」
俺の腕に縋りつき、上目遣いで見上げてくる沙原。どこか強い口調のそれに俺は笑いが込み上げる。
「ううん、そんなことないよ。綾西君とは仲直りしたんだ。あれも、事故だったんだ。綾西君は何も悪くない、俺は綾西君に怒ってはいないんだ。でも心配してくれてありがとう、沙原君」
「で、でも...」
「いつまで愛都にくっついてるんだよ。いい加減離れたら?」
「えっ、ちょ...泰地っ、?」
縋りつく沙原を説得している途中で急に今まで黙っていた綾西が近寄り、沙原の肩を掴むと無理に俺から引き剥がした。
ついこないだまで沙原大好きな綾西がそんなことをするとは俺も思わず、軽く驚く。
それは沙原も同様だったらしく、まさか自分が乱暴に扱われるとは思わなかったのだろう、油断したのかあっさりと俺から離された。
「綾西君、乱暴はダメだよ」
「...早く行こう、愛都」
「わっ、...あっ、ごめん沙原君、俺行くね」
「ま、愛都君っ、」
そして綾西は俺の手を引っ張り強く引き寄せるとそのまま歩み始めた。
抗おうと思えば抗えそうな力だったが好都合だと思い、俺はわざと流れに身を任せる。
扉が閉まる瞬間、見えた沙原の顔は嫉妬で酷く歪んでいた。
「そろそろ離してくれないか」
「...」
「 離せ 」
渋る綾西だったが、俺の強い口調に肩をすくめ名残惜しそうに手を離した。
寮を出てすぐ。学校に向かって歩いているが、やはり朝も早いせいか人気は全くなく、歩いているのは俺と綾西ぐらいだった。
「そう言えば、千麻じゃなくて愛都なんだ。」
俺は先程、綾西にそう呼ばれたことを思い出し何気なく呟く。
「ダメ...?」
「...別にかまわない。名前の呼び方なんてどう呼ばれようがそれほど重要なことではないしね」
「本当?よかった。ねぇ、じゃあさ俺のこと綾西じゃなくて泰地って呼ん———— 」
「それは無理な相談だな。なんで俺がお前のことを下の名前で呼ばなきゃいけないんだ。お前は綾西って、名前で呼ばれてるだけマシだろ」
そうきつく言い返せば、綾西は分かりやすいほど表情を落ち込ませた。
しかし俺はそんなことを気にすることなく歩き続ける。
「あぁ、そうだ。綾西、お前これから毎朝迎えに来い。朝っぱらから香月達と顔を合わせて登校するよりはお前と2人で登校した方が疲れないから」
「え...!う、うん!」
「時間厳守だから」
先程まで落ち込んでいた綾西は俺のその命令に対して嬉しそうに頷き、喜んでいた。
― 本当、こいつも単純な奴。よくこんなすぐ感情をコロコロと変えることができるな。
隣にいる綾西を一瞥し、そして再び視線を元に戻す。
「ねぇ、愛都。ずっと気になってたんだけどさ、ケガ...大丈夫?あの...階段から落ちた、」
「その時のケガなんてもうとっくに治ったよ。上手く受け身をとってたから小さいけがしかしてない。それよりも俺は腰のが痛い」
そういって片手で腰を押さえれば、綾西は顔を真っ赤にして俯いた。
「これからはセックスは俺がいいって言った時だけだ。お前が発情しても俺の許可が無ければセックスはしない。だからその時は自分でどうにかしろ」
「.......わかった。」
「まぁ、でも最後までその最中はちゃんと見ててやるよ」
「わかった!」
変なところで食い付く綾西。自慰を見られて喜ぶなんて、もはやただの変態だ。
― だけどそれだけ俺が好きでしょうがない、ということなのだろう。
― 本当、気持ちが悪い。
俺は鼻で笑い、侮蔑の目を向けた。
だけど綾西はそれさえも嬉しそうな顔をして受け止めていた。
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