不平等な交渉

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不平等な交渉

 ーあぁ、気持ち悪いー 目を覚ましてすぐに思ったのはそんな言葉。 身体中、全ての箇所が気持ち悪い。あいつの感触が残っている。 それはまさに今も触れられているような感覚だ。それだけあいつは執拗に俺に触れてくるのだ。 早く洗い流してしまおう。早くあいつの感触から離れたい。 「...っ 」 そう思い、ベッドになげだされている身体を無理やり起き上がる。その時、ひどく腰辺りが痛み後ろの穴から太股へ、どろりと先程出されたのであろう、あいつの精液がつたった。 「...クソっ 」 心から言い表せないほどの怒りが俺の中を支配する。 強く唇を噛みしめれば、切れたのか僅かに血の味が口内に入ってきた。 「そんな顔してると、折角のイケメンが台無しだよ」 「...うるせぇ 」 いつのまにやら現れたあいつ——恵 叶江(めぐみ かなえ)はそんな俺を見て愉快そうに笑った。 その表情は女ならば誰もが惚れてしまうであろうもの。しかし俺からすれば怒りを増幅させるだけのものだった。 「あぁ、怖い怖い、そんなに睨むなよ 」 クックと馬鹿にしたように笑うその顔面を殴ってやりたい衝動に駆られるが、頭の中をよぎった大切な存在の姿によってなんとか踏みとどまる。 「どけろ。邪魔だ 」 数歩進んで扉の前に立つ叶江の肩を押し顔を睨んでやる。 「は、可愛くねぇの。...それよりもさ、もう一回やろうよ?」 すると俺の腕を掴み上げ、何も身に纏わない体を舐めるように見てくる。 その視線、言葉に吐き気がし、俺は乱暴に腕を振り払い、ニヤリと笑む叶江を押しどけて部屋から出た。 「シャワー入ってもどうせまた汗かくだろうに 」 後ろからそう、俺になげかける叶江の声さえも無視して。  いつからだろうか、こんな主従のような関係にあいつとなったのは。  普段の俺なら絶対に関わらないであろう類いに入る叶江という存在。  そんな最低野郎の言うことを何でも聞く理由は一つ。 それは俺の大切な義弟である—— 宵人のためだった。  宵人(よいと)は優しく、強い意志を持った奴だった。いつもニコニコ笑って微笑んでいる。 弱音なんて吐かないし滅多に泣かない、怒らない。  世間でよくいう“ いい子 ”だった。大人の望む理想の姿。それが俺の義弟、大切な存在だ。  宵人と俺は血が繋がっておらず、当然の如く顔や身長、体格などは全く似ていなかった。  平均身長を優に越える俺とは違い、宵人は小柄で男につかうのもなんだが、女のように華奢だった。  髪色も色素が薄く栗毛色の俺だが、宵人は 漆黒というのが合うほど、髪色は黒く綺麗だった。 そんな宵人は、今の様子からは伺えないほど 辛い経験を幼い頃にしていた。  それは宵人が俺の家へ養子としてやってきた理由でもある。  宵人には家族がいなかった。 いや、正しくは交通事故で両親を亡くしたのだ。  それは宵人が小学校2年生のころだった。 幼く、まだまだ親を必要とする年齢であるにも関わらず宵人は一度に2人も最愛の人を失くした。  しかも宵人には父系母系ともに祖父母がいなく、一人ぼっちになってしまった。 なにが起こったのか分からず泣きじゃくる宵人。  そんな宵人を温かく迎え入れたのが俺の家だった。  元々宵人の父親は俺の父親の秘書で、母親同士は高校からの友人と、俺と宵人は兄弟のように育ってきていたので当たり前のようにそう事が進んだ。  それから俺と宵人はずっと一緒。  そして俺は幼いながらもこの大切な存在をこれからも守っていこう、そう自分に誓った。  高校に入って最初の頃、 俺は宵人に異変が起き始めたのに気がついた。  高校に入ってから宵人とは週に一度会うのだが、そんな宵人は顔に毎回すり傷をつくってくるようになったのだ。  そして、気がつけばいつもどこかを見てボーッとするようになった。  『学校で何かあったのか 』すぐに俺はそう問いた。しかし宵人は笑って『 なんでもないよ 』と言うだけで、しつこく聞いても何も話してくれなかった。 宵人は何も言わないだろうということはわかっていた。  あいつはいつも俺や両親に余計な手間をかけさせたくない、迷惑をかけたくない、と いつも気をかけておりそのため大抵の物事は自分一人で片付けるような奴だった。  だから、俺は宵人の悩みを聞いてやれず、不安ばかりが募っていく。  俺が側にいれば、同じ高校に通ってさえいたら...どんなにそんなことを考えただろうか。  しかしそれは無理なことだった。 理由は簡単。父親の会社がアメリカへの拡張に成功し、それに伴って俺も普通科の有名私立高校ではなく、語学や海外の経済学に力をいれている姉妹高校に入学することになったからだ。  もしそれが早くからわかっていれば、俺と宵人はその高校へと入学していただろう。 しかしタイミングが悪くそのことが決まったのは、俺と宵人が普通科の学校での入学式を向かえる1週間前のことだった。  なんとか親の人脈もあり編入試験を受けることができた俺たちだったが、編入試験なだけあって受験の時の試験よりも難易度が難しく俺は焦った。  それは自分が落ちてしまうのでは、という理由ではない。 宵人が落ちてしまうのでは、という理由からだった。  宵人自身平均よりは頭は良かったが、それは学年で上位を占めるほどのものではなかった。  結果、俺の不安通り俺は合格したが宵人は落ちて予定通りの普通科へと入学した。  自宅通いの俺とは違って寮生活の宵人。 幼い頃からずっと一緒だった俺たちは初めて離ればなれになってしまった。  だから俺にとって週に1回会うことが出来るその日はとても大切な日で、宵人の様子を伺うことのできる唯一の時だったのだ。
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