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ゴトンゴトン、ゴトンゴトン。
車輪がレールの継ぎ目を越える音。
シー。
鉄の車輪がレールと擦れる音。
「皆さま、今日は国鉄山野線をご利用いただきましてありがとうございます。
次は郡山八幡前、郡山八幡前ぇ~」
車掌のだみ声が響く。
平島コンサルタントの三人は、ディーゼル列車の四人掛けの向かい合った席に座っていた。電車ではない、ディーゼル機関車独自の排気臭が鼻をつく。
窓は上下にニ分割されていて、下の方の窓が少しだけ持ち上がり、風が入ってくる。
窓の外の風景はゆっくりと流れていた。
椅子は二人がけで対面式、4人が座れて座面は紺色だ。床は木製で古いワックスの臭いがした。
三人はあたりを見渡す。
葦北水産と書かれた木箱を首から下げている体格の良い男性がいた。
セーラー服を着た女学生もいる。
5歳ほどの男の子を連れた女性もいる。
「社長、俺たちは駅の跡地で測量してましたよね?」
久保が自分が置かれた状況を理解できないといった様子で平島に問いかけた。
平島は目と口を丸くしたまま、だまって何度も首を縦に振った。
「これって、キハ20系の車両じゃぁ———」
鉄道好きな樺山が車内を見まわし呟く。
「えー、お客様、これより切符を拝見に参ります」
再びだみ声のアナウンスが車内に流れる。
車両連結部のドアが開き、水色と緑の絵の具を混ぜたような色合いの制服を着た車掌が、右手に切符鋏を持って歩いてきた。
平島社長が慌てて作業服の胸ポケットをまさぐる。
「久保君、俺、切符持ってないよ」
「社長、俺だって持ってませんよ。今日は測量しに来たんだし」
久保もポケットを探している。
樺山は肩から斜めにかけたバッグの中を探しているが、勿論切符は見つからない。
車掌はゆっくりとした動きで、乗客たちの切符を確認し、ハサミで切り込みを入れていく。
セーラー服の女学生はカバンから定期を取り出して見せた。
椅子の背もたれ越しに覗き見るように車掌をうかがっていた樺山が、すっと俯て、平島と久保に言った。
「社長、あ、あの車掌、顔が猫ですよ!」
「な、なに莫迦なこと言ってる」
平島も背もたれから覗くように車掌を見た。
帽子の両脇から灰色の尖った三角の耳が出ていた。
大きな黄色い眼が定期を出した女学生を見て細められた。
長い髭がぴくぴくと動いている。
女学生の定期を取った車掌の手は猫の手だった。
車掌は大きな肉球のついた手で器用に定期を女学生に返すと、母親と5歳ほどの子供の切符を確認した。
席に座らず出入り口のドアのところに立っている、方から木箱を下げた男が車掌に声をかけた。
「車掌さん、今日もご苦労さん。魚をとっときな」
木箱から大きな丸々としたイワシを二匹取り出すとビニール袋に入れ車掌に差し出した。
車掌は嬉しそうにそれを受け取る。
「椎葉さん、いつもありがとう」
猫の顔をした車掌は、嬉しそうに礼を言った。
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