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薫風・初夏の風
黒い服を着て、鍔の広い帽子を被った色白の少女が田園地帯の真ん中を通る大きな道の歩道を歩いていた。
横にはカスタードクリームのような長い毛並みを風に靡かせる、大きな犬、ゴールデンレトリバーを連れている。
田植えを控えた田園地帯は、イタリアンライグラスなどの飼料作物が青々と繁り、晩春と初夏の狭間の風がそれを海原のように波立たせていた。
「りん、もうすぐ春が終わるネ」
少女は歩きながら、にっこり笑ってレースの手袋をつけた手で、りんと呼ばれた犬の頭を撫でた。
ふと、りんが歩みを止める。歩いてきた方向、北を振り返り低くウーと唸った。
「りん、どしタ?」
少女、山口和香は首筋のあたりに気配を感じ振り返った。
振り返った方向から、びゅう、と思いがけず強い一陣の風が和香とりんに当たり、そして通り過ぎた。
和香は帽子を押さえる。
りんが、通り過ぎた風に向かって吠えた。
「列車?」
和香は帽子を押さえたまま呟いた。
見上げた空は青く高かった。
伊佐市役所南庁舎の二階、建設課の課長席の前で、椅子に男が三人腰掛けていた。
平島と久保と樺山だ。
「ほんとですって!俺たちは西山野駅跡地で測量してたのに、気がついたら列車に乗ってて、化け物たちに襲われそうになって、窓から飛び降りたら、ふれあい橋の下の河川敷にいたんですよ」
「そのあと社長が奥さんに電話して、現場まで車で送ってもらったんですが、測量したはずの光波測量機のデータが消えてたんです」
久保が身振り手振りを交える。
「もう、あんなとこで仕事なんかしたくないですよ」
樺山の顔は泣いている様な笑っている様な表情だ。
三人は代わる代わる建設課長の井上にことの顛末を語った。
「困りましたね」
井上課長はデスクの上で手を組んで、少しも困っていない様な顔で、小声で言った。
「しかし、委託契約をしているわけですから、工期までになんとか測量を終わらていただけませんかね」
たんたんと井上課長が続けたが、
平島は掌を顔の前でぶんぶん振りながら、
「違約金でもなんでも払うから、今回の契約は破棄させてください」
とにべもない。
「しかし、平島さんとこが受けてくれないと、どこも取り手がないのですよ」
井上課長はまた静かに言った。
「うちじゃなくても、木島さんとか酒口さんとかあるでしょう?」
「実は、平島さんの前に木島さんにお願いしたのですが、平島さんと全く同じことを仰って契約を降りられました」
「はあ!?」
「なので、受託してくださるのは平島さんしかいなくて」
「酒口さんは?」
「木島さんから話を聞かれたらしく、、、ほら、酒口さんはその手の話が大の苦手で、こちらから頼む前にお断りの電話をいただいて。だから平島さんしかいないんですよ」
「ば、ば、莫迦なことを!知ってたんですか?知ってたんですね?あの現場に入るとお化けが出るって!知ってたうえでうちに仕事を委託したんですか?」
「まあ、そういうコトになりますね。でもあの冗談好きな木島さんの仰ることをにわかに信じるわけにもいかず。木島さんの場合は契約する前に下見に行ってそういう目に遭われたので契約破棄は平島さんのところが初めてですけど」
「ひどい」
平島達三人の目は真っ赤になって、今にも泣き出しそうだった。
「困ったな。平島さんまで駄目となると、うちの市には測量を頼める業者がない」
井上課長はここで初めて本当に困った顔をした。
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