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「課長」
井上課長の横に、長身の女性が立っていた。
上下作業服に身を包み、長い黒髪を背中で束ね太い黒縁眼鏡をかけている。
外見的にはどこにも女性を意識させるものはないが、均整のとれた体型と非常に整った顔立ちからかなりの美人であることはわかる。
「山口君、どうしたね」
「横から口をはさんで申し訳ありませんが、違約金とはどれほどの金額なのですか?」
「契約額が80万円だから、その3割で24万円だよ。しかしなぜ係の違う、君がそんなことを訊くんだい?」
山口と呼ばれた長身の女性は、平島社長の顔を見ながら
「24万円も違約金を払うのでしたら、その半分の額でお祓いを受けてもいいですわ。そうすれば、平島さんの出費は12万円で済みますし、測量も終わらせることが出来ます。これはたぶん、きっと、私達三姉妹の分野だと思われますから」
「そうか、その方法があったか」
井上課長は、俯き加減だった顔を上げ、パンと膝を叩いて立ち上がった。
平島は椅子に座ったままきょとんとして長身の女性を見上げた。
「君は建築係の山口さんだよね」
「そうですわ。山口小百合でございます」
「山口、あ、ひょっとして、あの祓い屋三姉妹の山口さんなの?」
「その山口です」
小百合はにっこりと笑った。
平島が立ち上がった。
「良かったありがとう。正式に依頼するよ」
「へえー、珍しいわね、小百合ちゃんがお祓いの仕事取って来るなんて」
三姉妹長女の泉が、銀色のナイフでチキンステーキを小百合と和香に切り分けながら言った。
「今月もなんやかんやで結構出費あったしね。臨時収入は助かるわ」
切り分けられた、こんがりときつね色に焼かれたチキンステーキを妹二人の皿にそれぞれ乗せる。小百合と和香は腹を空かせた子犬の様にむしゃぶりつく。
「12万円の臨時収入は大きいですわ。お姉さまの作ったこのチキンの胸身ステーキも絶品ですけれど、たまには柔らかなモモ身ステーキも食べてみたいですし」
依頼をとってきた小百合は得意げだ。
「何よ。私の焼いた胸身ステーキは硬いっていうわけ?ヨーグルトで2時間もマリネしたのよ?」
泉が横目で小百合を睨んだ。
「いえいえ、決してそんな意味では——」
小百合がかぶりを振る。
そんな二人のやり取りの中、
「やわらかモモ身のステーキ食べタイでス。そしてたまには赤いお肉のステーキも」
と、和香がぽつりと言った。
「今回の依頼を整理すると、西山野駅跡地で測量をしていた平島コンサルタントの皆さんが、いつの間にか猫の車掌の列車に乗せられていて、中で怖い目に遭った。列車の窓から飛び降りたら、ふれあい橋のたもとの河川敷に倒れていたということね」
「私が平島コンサルタントの皆さんから訊きましたのはだいたいそのような内容でした」
「んー、西山野駅跡地になんらかの霊がついて、それが悪さをしたというのがオーソドックスな推論ね」
「地縛霊は土地や建物、そういった物質に宿るものですから、平島さん達三人がほぼ10km離れたふれあい橋のところまで運ばれた、というのがちょっと気になりますが、泉お姉様のおっしゃった線が真実に近いと思われますわ」
「ウチ、猫の車掌さんに、会ってみたいデス」
和香がにっこりと笑って言った。
「またあ、和香は怖いもの知らずなんだから。まあ、その猫の車掌も和香に会ったら驚くでしょうけどね」
「きっと肝を冷やすと思います」
小百合がクスッと笑った。
「ちょっと現場を調べてみましょうか。小百合、運転頼める?」
「もちのろんですわ」
「ウチも行く」
和香が小学生のように手を挙げた。
かくして三姉妹は西山野駅跡地へと向かった。
辺りは雑草が生い茂り、駅のホームのコンクリートが見て取れはするが、よくよく注意しなければ気が付かないような状態だ。
平島達が測量のために部分的に草払いをしていて、その部分だけが時間を巻き戻したように昔の状態をのぞかせた。
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