みっちゃん

1/3
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
 みっちゃんのことを、この世で一番大好きで、誰よりも大切に思っているのは、オレだという自信がある。  そして、みっちゃんも、オレのことを誰よりも大好きなんだと、そう思っていた。  その日が来るまでは。  みっちゃんとオレは、まるで本当の兄妹のように育った。  おもちゃを失くしては泣き、何もないところで転んでは泣き、壁に落書きをして叱られては泣き、とにかく泣いてばかりの女の子。それが、みっちゃん。  大きな瞳から、ぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら、よたよたと、こちらへ歩いてくる。 「ケンちゃん。ママがひどいの。みっちゃんに、めっ! て言うの」  みっちゃん、悪くないんだよぅ。なのに、怒るんだよぅ。  そう、必死に訴えながら、オレの身体に力いっぱい、ぎゅっと抱きつく。とめどなく溢れる涙と鼻水で、胸の辺りをびしょびしょにされるのも、もう慣れっこだ。  だいじょうぶ、だいじょうぶ。オレは、みっちゃんの味方だよ。世界を敵に回したって、オレがみっちゃんを守ってあげる。  泣き声と涙が収まるまで、オレはいつもそうやって、じっと抱き締められたままでいる。そうしているうちに、みっちゃんは、やがて熱い頬をオレの背中に押し付けて、ぐっすりと眠ってしまう。  オレは、いつだって、みっちゃんのヒーローでなくてはならない。それが、オレのポリシーだ。  前に一度、幼稚園の悪ガキに髪の毛を引っ張られて、みっちゃんがべそをかきながら帰って来たことがある。  そいつは、母親と一緒に謝りにやって来たけど、反省した様子は全然なかった。ポケットに両手を突っ込んで、ふてくされたように、自分の爪先ばかり見つめていた。  みっちゃんママは、この事件を穏便に済ませようとしているみたいだったけど、ぼさぼさにほつれた三つ編みを握り締めて、しくしく泣いているみっちゃんを見た途端、オレの心に火がついた。 「ケンちゃん! ダメ!!」  みっちゃんママが叫んだ時には、オレはその悪ガキに飛び掛かっていた。  そこからは、大喧嘩だ。  引っ掻き、噛みつき、もみくちゃになりながら、無我夢中で戦った。オレも強かったけど、そいつも強かった。思い切り耳を引っ張られて、思わずうめき声が漏れる。みっちゃんママに無理やり身体を引き剥がされても、オレは手足をぶんぶん振り回して、暴れ続けた。  ぶたれた頭がガンガンしたし、あとでみっちゃんママにこっぴどく叱られたけど、オレは誇らしかった。みっちゃんを泣かせた悪いヤツに、一矢報いることができたのだ。 「ありがとね、ケンちゃん。かっこよかったよぅ。ケンちゃんは、みっちゃんのヒーローさんなの」  そう言って、満面の笑みを浮かべたみっちゃんが、オレを抱き締めてくれる。そのぬくもりの中で、オレは、もっともっと強くなって、この子のことを守りたい、と願う。  やがて、みっちゃんは大きな赤いランドセルを背負って、学校へ行くようになった。  ぐんぐん身長が伸びても、泣き虫なのは変わらなくて、玄関で靴を脱ぎ捨てるなり「聞いてよ、ケンちゃん~」と、涙をぽろぽろこぼしながら駆け寄ってくる。  本心としては、学校までついて行って、みっちゃんの側にいたかったけれど、そうもいかない。みっちゃんママが、オレが出て行ってしまわないよう、厳しく目を光らせているからだ。それに、散々涙を流したあと、「あたし、学校頑張るね」と前を向くみっちゃんを、応援したい気持ちもある。可愛い子には旅をさせよ、というヤツだ。  みっちゃんは、ぐんぐん、ぐんぐん大きくなって、世界中の誰よりも可愛い、笑顔の素敵な女の子に成長した。  その代わり、家にいる時間はどんどん短くなって、オレは少し、というか、かなり寂しかったけれど、その気持ちを胸の奥に閉じ込めて、毎朝みっちゃんを送り出した。 「行ってきます、ケンちゃん」  いってらっしゃい、みっちゃん。 「ただいま、ケンちゃん」  おかえり、みっちゃん。  時折みっちゃんは、家族に隠れて、オレにだけ涙を見せることがあった。そんな時、オレにはみっちゃんが小さな子供のように見えて、愛おしくてたまらなくなる。  みっちゃんには、オレがいなきゃダメなんだ。  柔らかな、みっちゃんの手のひらが、オレの手に触れる。  オレたちは、これからも、こうやって手を取り合いながら、生きていくんだ。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!