二〇二〇年

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十     時空のむらとタイムマシン  この世界を構成する時空間にはがある。  重力的に、電磁気的に、量子力学的に、あるいは人類がまだ到達していないさまざまな原理の観点から、疎密が存在する。  多数の要因が折り重なり一定の複雑な条件を満たしたとき、時間と空間の超越、いわゆるタイムスリップが起こる。  古くより神隠しなどと呼ばれてきた超常現象の多くは、時空のむら、に起因する。  時空のむらは、実は、常時そこかしこで発生しているありふれた現象で、めずらしいものではない。  なくしたと思っていたペン、冬場に出る蚊、なぜか高い位置に落ちている縮れた体毛など、意外な時・場所に現れるものの原因であったりする。  時空のむらによって運搬可能な時間的・空間的距離は、対象物の体積と質量に依存する。  小さなむらでは、移動しうるサイズは限られ、また移動先も手近な場所・時間となる。  大きいむらほどより大きな対象物を、そして(時間的・空間的に)より遠くへ運ぶ可能性を有するが、むらの大きさに比例して発生頻度は減少。人間ほどのサイズがたまたま巻き込まれる機会はめったになく、遠い地や時代にひょっこり現れたといった逸話はそうとうなレアケースだ。  この時空間の跳躍を人為的に引き起こそうというのが、神・アディオスのもたらす「タイムマシン」の原理となっている。  アディオスの話によれば、本来であれば条件を満たさない時空のむらへ、改造ドライヤーで発生させた特殊なマイナスイオンを作用させあやを取るのだそうだ。  博は、原理そのものは眉唾ものといぶかしんでいたが、野良猫を使った実験では一応、成功をみた。(それでもマイナスイオンのくだりはまったく信じていないが)  ただ、いつどこにでも行ける便利アイテムというわけではない。  アディオスの伝授したタイムマシンは、自然に生じた時空のあやを(マイナスイオンで)取って利用しようというにすぎない。行き先の時間と場所はそれぞれのむらによってあらかじめ決まっている。  前述のとおり、都合のいい時空のむらはそうそう出現しないし、また、タイムマシンにはそれを探知する機能もない。あくまでアディオスが(どういう方法か知るよしもないが)探しだした時空のむらが生じる日時・場所へ行き、ドライヤーでマイナスイ(略)を放出することで時間旅行が可能となる。  今回、神が博に与えた時空のむらが出現するポイントの情報はふたつ。  ひとつは、二〇二〇年から一九九〇年に飛ぶ、過去への往路(いくみち)。  もうひとつは、一九九〇年から二〇二〇年へ帰還する、現代への復路(かえりみち)。  目的の時代へ行って帰ってくる、それだけだ。  自在の手段を与えれば、技術が漏出したとき、新型コロナウイルスの比ではない危機が世界にもたらされる。ただでさえ漏洩力に定評のある者がふたりもいるのだ。神様も慎重になろう。  これほど高度な知識・技術を有するアディオスが、新型コロナの予防・治療方法や暗号解読のすべを持たないのはいまひとつ釈然としなかったが、神いわく「何者にも得意・不得意はある」。地球生命体やノイマン型コンピューターのあつかいは不得手とのこと。やはり宇宙の思念体に違いないと博は思った。  アディオスも、一、二何世紀ほどかければ解法を得られるかもしれないのだそうだが、あいにく自分の寿命は、長く見積もってもあと半世紀がいいとこ。神様の時間感覚で待ってはいられないし、その間に人類は滅んでしまいそうだ。  ほかにも、博に依頼せず自分で過去へ行けばいいのではとの疑問もあったが、時空のむらを利用する理論での移動は物質的な存在に限られ、神の自分には不可能との回答。やはり統合思念体だ。遠い外宇宙に思いを馳せつつ確信する博であった。 ――――――――――――――――――――――――― おもしろかったら応援をぜひ。 本棚追加でにやにや、スター・スタンプで小躍り、ページコメントで狂喜乱舞、感想・レビューで失神して喜びます!
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