二〇二〇年

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十一     バブルへの作戦会議  夕方近く。  艾草博の家は、いきおい、タイムトラベルの作戦会議室となっていた。  計画の中心人物たる博が企図したわけではない。むしろ今日はもうなにかくたびれたのでさっさと散るよう命じた。  が、曲がりなりにも年長者かつリーダーのポジションかつ博の自宅であるにもかかわらず、メンバーは一様に無視。皆、普段のぐうたらぶりからは想像できないほどにいきいきしている。  軍事オタクの一面を持つ不藁は、勝手に居室をシチュエーションルームだとかわけのわからないものに指定。自分たちをコロナ殲滅の特務部隊であると宣言した。博の許可はなんらいっさい得ていない。 「情報によると、『小半理論』を構築した小半助教授はかなりのアニメオタクだったらしいの。そこから攻めていく手が考えられそう」 「あ、じゃあ、あたしがイラスト描いて興味を引くとか」 「葵にしちゃあ悪くない案だ」不藁がほめると女子中学生はにんまりご満悦だ。 「千尋さんすげえな。そんな情報、速攻で見つけてくるなんて」 「プログラミングに数学は欠かせないからね。そっち方面にを持ってるのよ」  昭和なたたずまいを色濃く残す居室ことシチュエーションルームのまんなかに、でんと置かれたさほど大きくもない座卓、その狭苦しさもいとわず囲う年齢ばらばらの男女は、実ににぎやかだ。 「イラストを描くなら昔の絵にしねーとな。画像検索してみるか。えーと、『アニメ 昭和』っと――うわ」 「どしたの、たくみん――え、なにこれ、すごい昭和っぽい絵なんだけど」昭和をなんら知らない女子中学生が、友人のスマートフォンを覗き込み、適当な感想でもって驚く。 「昭和っつーかもう明治とか大正?」彼女よりは昭和に対する知識を多少は有している(つもりの)若者もまた、適当なことを言う。 「あたし普通にいろいろとムリ」 「んじゃ、現代(いま)の絵でいんじゃね?」 「それだったらね、『転生したらチートスキルを555個もらったレベル500の悪役令嬢だったけど、最強すぎて魔王を倒した勢いでうっかり世界を滅ぼしてしまいました』の|公女・キニエンタスを描く!」  あっさり方針をくつがえす葵と拓海の十-二十代(こどもぐみ)が、きゃいきゃい盛り上がって勝手に話を進める。朝令暮改などという次元ではないスピード感だ。  あとで軌道修正させる前提で、三十-四十代(おとなぐみ)、千尋と不藁はふたりを放置し、同じ座卓の対面で、もう少し高度な事項について意見を交わす。  ちなみに博はどちらにも加わらず、ひとり黙々と、作業机でマイナスイオン機能つきドライヤーの改造にいそしんでいた。(もっとも、彼のわきでは、友人たちには聞こえない神様(アディオス)のフリートークがと展開しているのだが) 「九〇年当時はまだネット――インターネットは普及していなかったんだが、そこはわかるか、立花?」 「私、一応そっち方面でご飯をおいしくいただいてるんだけど?」  もの心つくぐらいのときにはパソコン通信(ゴフティー)のフォーラムを覗いてまわってたし、と千尋は不敵な笑みでにらむ。釈迦に説法か、そりゃ失礼した、と不藁はうやうやしくわびてみせた。 「ネットのない時代じゃスマホは能力が半減しちまう」 「そこは代替方法を用意できないかちょっと考えてる」 「代替方法? どうやるんだ?」 「使えるものはなんだって利用してけば、意外とできることはあるものよ。たとえばナビだって――」 「ナビ?」ネットが使えないのにどうやって、といぶかしむ不藁は、はっとする。「そうか、GPS衛星は当時すでに運用を」 「そういうこと」正解、と彼女は指さし、にやり口角をつり上げた。「移動体通信事業者(キャリア)を介した通信だけがすべてじゃない」 「しかし、一九九〇年の電波を受信できるか?」 「まだじゅうぶんには調べられてないけど、基本的な設計は今も当時も同じと見てよさそう」  スマホ、工夫次第であっちでも案外おもしろいことができるかもよ、と千尋は相好を崩す。ひとまわり年下の友人が浮かべるえくぼに、不藁は、ああそうか、と得心した。  日ごろのクールなイメージとは対照的に、今日の千尋が妙に浮き足だっていたのは、タイムマシンのことを知っていたからだ。こんなSFじみた――「少し不思議」どころか「すごく不思議」な経験ができるとなれば、落ち着けというほうが無理な話。俺だってこの千載一遇のチャンスには――  知らず知らず眉間にしわを寄せていた不藁は、年長の友人の声がけで振り向く。 「お楽しみ中のところを悪いが先に言っておくぞ」 ――――――――――――――――――――――――― おもしろかったら応援をぜひ。 本棚追加でにやにや、スター・スタンプで小躍り、ページコメントで狂喜乱舞、感想・レビューで失神して喜びます!
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