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十三
「てかさ」拓海が缶チューハイのプルトップを起こしながら、ふと思いついて言う。「わざわざ昭和まで行ったりとかまわりくどいことしなくたって、正月に戻って武漢でコロナ阻止すりゃよくね?」
「言われてみればたしかに」イラストの下描きをしていた葵が、液晶タブレットから顔を上げた。「たくみん、それ、チートアイデアじゃん」
彼女は嬉々として、ブカンでコロナ阻止ってどうやるの、ブカンってコロナの弱点なの、と尋ねる。
頭痛を抑えるように博はこめかみ辺りを揉み、拓海の案を却下した。「そいつは無理だ」
拓海はチューハイを喉に落として、なんでだよ、と不平をたれる。
夜の帳が東から西へとたれ下がる夕空を、窓の帳をたらしてさえぎり、博は振り向いた。
「たしかに、新型コロナウイルスが発見され最初に感染が広がったのは中国の武漢だ」
「だからその前に食い止めりゃいいじゃん」
「どうやって?」すかさず博が突っ込む。
「そりゃあ……正月の武漢へ行って、マスクとか外出自粛しろって忠告したり……」
「年始の時点でもう感染拡大してるけど?」千尋も容赦なく指摘。
「んじゃあ、コロナが出る前に『コロナ流行るぞ』って」
「誰が信じるの、そんな話」「速攻で当局に連行されるだけだ」竜頭蛇尾で尻すぼみの拓海に、千尋と博がたたみかける。
意気消沈するかに見えた彼だが、あっ、とひらめいたように声をあげた。
「コロナって中国の研究所で開発されたんだよな。そこ、自衛隊が空爆やミサイル撃ち込んでぶっつぶせば――」
「ない」軍事オタクの不藁が即座に断じた。「10式戦車にサラダ油を給油して履帯むき出しで徒歩五分のコンビニへ買い出しに行ってブレーキとアクセルを間違えて突っ込むぐらいない」
オタク特有の早口で、よくわからないたとえでもって全否定だ。拓海は、アルコールを含んだ口を残念そうに曲げ、卓上へ缶を置いた。
入れ替わるように、博はタイムマシン製作にひと息入れようと机上のペットボトルを取る。
「ウイルスが政府機関によって意図的あるいは偶発的に作成されたとの説は、一般に否定されている」ゆるゆると首を振って、加藤園の『濃い生鷹』の封を切る。「もし仮に人工的に作られたものだったとしても、中国政府なんて止めようがない」
まあ実際のところは、自然界で変異を繰り返し新型コロナウイルスに至ったと考えられているがな、と緑茶で口を湿らせた――この新商品、妙に白っぽく濁ってて、風味も独特だな……。
「まあでも、行くなら昭和のほうがいいかも」明るい調子で、葵がタブレットのペンを振った。「一年もたってないお正月なんかより、見たことのない昭和へ遊びに行くほうがおもしろそう」
なんか異世界に行くみたいな気分だし、とうれしげな笑みは、葵、と博にじろりたしなめられて「やばっ」すばやく引っ込んだ。
「これは遊びじゃないと言ったよな」
「そ、そーだよね、『Final Fantasíaは遊びじゃないんだよ!』っていうもんね」
伯父の機嫌を取ろうと、その的外れな弁解と同様、的を射てないものを取り上げて見せる。「ほら、ナントカ博士の気を引くイラスト、もう描きだしてるんだよ」
彼女の示す持参の液晶タブレットに、なにかのラフ画が表示されている。どう見ても現代のタッチとキャラクターだ。さきほど少し聞こえてきた話では、九〇年当時の絵を描く方向だったような。
あとどうでもいいが、小半助教授は博士号は取得していないので「博士」ではない。
博の渋い顔を、作品の解説を求めているものと曲解し、「あ、これはね、『転生したらチートスキルを555個もらったレベル500の悪役令嬢だったけど、最強すぎて魔王を倒した勢いでうっかり世界を滅ぼしてしまいました』のヒロインのキニエンタスでね――」と少女は思いのたけを語りはじめる。
――ああそうだ、俺・千尋・不藁がバブルへ行く前に葵・拓海は後日へ送ってしまえばいい。で、俺たち三人がバブルから帰ってきた数後日にふたりが出現するようにしよう、うん、それがいい、そうしよう。
やや投げやり気味というか壊れ気味に決心する博であったが、神様からは「条件に近い移動先は、北極・四半世紀後・並行宇宙ぐらいだね」との回答。全然近くねえよ。最後のはこの世ですらない。いや、葵ならむしろ大喜びか。こいつの母親に俺はブチ殺されるが。
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