二〇二〇年

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十四     依頼(クエスト)と報酬  仲間バレによるなし崩し的な計画変更は、五月五日、その日のうちに、早くもおおよそのことがらが固まった。  人嫌いだった小半助教授から暗号の鍵(パスワード)を無理なく入手するには、葵のイラスト案はやはり有効であろう、と意見が一致。本人の「えぇー、やだぁー。こんな古くさくてダサいの描きたくないー」「『転生したらチートスキルを(中略)うっかり世界を滅ぼしてしまいました』のキニエンタスのほうが絶対かわいいって」最強だし、との不満はむげに却下された。  とはいえ、女子中学生をすねさせるとあとあとめんどうだ。交渉の結果、『転生したら(以下略)』の五十連ガチャを何回かまわさせる約束で折りあいがついた。一九九〇年当時の絵柄に近いほど報酬アップ、と吹き込まれて、葵はやる気が出たようだ。  拓海と不藁の意見を参考に、座卓上のノートPCや自前のスマートフォンなどで平成初期のタッチを検索(リサーチ)する。  葵をうまいこと釣った千尋いわく、「ゲーミフィケーションって人間心理を強力に突くのよね」  日焼けで色あせたカーテン横で壁にもたれかかる千尋は、三十年前の市場調査に取り組む少女の後ろ姿を眺め、彼女の伯父に語る。わきの博は、窓辺の作業机(していせき)で作業を再開しており、CADの配線図を確認中だ。アディオス(ようせいさん)とのお話も同時並行なのか返答はない。いつものことなので、気にせずまた葵を見やった。  先ほどまであれだけ嫌がっていたバブル期の絵柄を、今は熱心に研究。モニターへ現れる画像に逐一「なんか色づかい、異様に濃くない?」「キャラデザやばい。悪い意味で」「昭和人、こんな絵しかない時代に生まれてかわいそう」と感想を述べる。おおむねネガティブ評価だ。  それでも「ここまで誘導できれば上出来」と、千尋は誰にともなく自画自賛をつぶやく。 「さすが女子中学生使い(JCテイマー)だな」タイムマシン製作に没頭していると思った博が、銅線の被覆を電工ナイフでむきながら、千尋に言った。彼の言うとおり、千尋が葵を制御(コントロール)するスキルは、メンバー内随一と定評だ。 「知りあいの同業者が、開発に欠かせない、と語る心理学テクニックのまねごとよ」  聞きかじり程度でも『こうかはばつぐんだ』のようね、と千尋は、対象(ターゲット)を満足げに見守る。  葵は「キニちゃん、待っててね。キツい昭和絵(ごうもん)に耐えて、ガチャまわしまくってSSR(エスエスレア)のチートスキル、充実させてあげるからね」0.00005%(ファイブゼロ)の壁、超えてみせるから、とうなっている。  ――どうも千尋と葵(このふたり)にはSっ気とMっ気を感じる。  ソーシャルゲームの鬼畜仕様も含めていろいろとげんなりする博を察したように、千尋が言った。「若い子向けのサービスも、洗練された手口でえげつなく絡め取ってるみたいだしねえ」  特にソシャゲ界隈は闇が深い、とぞっとしない調子でかぶりを振る。  かくいう彼女も彼女で、「九〇年(とうじ)の絵柄にどれだけ近いか、なんて主観によるんだから、ガチャは適当に一、二回まわさせとけばじゅうぶんじゃない?」お金は有効(たいせつ)に使わないと、と悪そうな目つきで微笑。腹黒さならおまえもたいがいだろう、と博は重ねてげんなりした。  たしかに、スマホゲーのガチャは不毛この上ないと博も白眼視しているが、昭和のキャラうざいよぉー、全然かわいくないー、と悶えながらも一生懸命、画像を見てまわる姪の姿は、アンフェアな判定をする気にさせない。  価値観は人それぞれだ。大多数にはごみやガラクタに見えるものでも、収集家は何万、何十万もの金をつぎ込む。趣味(オタク)の界隈を半世紀近く見てきた彼に、葵の情熱は否定できなかった。なにより、だいじな姪っ子だ。 「依頼(クエスト)の報酬は正当な評価で支払わないとな」視線を、ぺたんと床に座る女子中学生から、手足を軽く組み壁に背を預けるプログラマーへ上げる。「俺はあいつより、おまえの役割分担のほうが気がかりだ」 ――――――――――――――――――――――――― おもしろかったら応援をぜひ。 本棚追加でにやにや、スター・スタンプで小躍り、ページコメントで狂喜乱舞、感想・レビューで失神して喜びます!
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