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十六
いつの間にか博はタイムマシンの製作を中断し、デスクトップPCの画面をながめていた。オークションサイトだろうか。古びた本がいくつも並んでいる。いずれも電車の写真が表紙を飾っていた。
無表情で画面をスクロールする横顔に千尋は、ふふ、と短く笑い、座卓を囲む三人に目をやる。あいかわらず女子中学生が、不藁さんもこういう感じのアニメ見てたの?なんかの罰ゲーム?と疑問を呈していた。
「それにさ、私も完全にひとりってわけじゃないし」同調する拓海やあきれ顔の不藁に、手伝ってもらったり足を引っぱられたりしてサンプルを集める葵に、自身を重ねる。「公私関係なく全人脈を駆使してデータをかき集める」
なにより、頼もしいリーダーがついているしね、と横からキーボードへ手を伸ばす。片手でオークションサイトを閉じた千尋に、おい、と博は抗議した。
蛇の道は蛇っていうでしょ、と今度は両手でキーを叩く。画面に二十年ぐらい前のデザインの、垢抜けないサイトが現れた。「鉄道のことは鉄道オタクに聞くほうが早い」
紙媒体をスキャナーで取り込んでデータ化なんて手間すぎるし、今の無料のOCRもじゅうぶんな精度じゃない、と言いながら、鉄道趣味のサイト利用者へ投じる質問を手早く下書きする。中腰にかがんで打っているとは思えない恐ろしいタイピング速度だ。これでもごく普通にキーを叩いているらしいのだが、タイピングに多少自信のある博の自己ベストより圧倒的に速い。
なぜそのタイピング能力で、楽器の鍵盤は壊滅的なんだろうか。いくら練習させてもチャルメラすら満足に弾けず、指をぷるぷる震わせる姿と重ならなかった。べつに双子の姉妹などはおらずひとりっ子だそうだが。
一九九〇年の首都圏の時刻表データを無料か安価で入手したい、との旨を投稿した千尋に、博は、費用が浮くぶんは礼をしないとな、と顔をほころばせる。「省ける労力を考えたらそうとうなものだし、おまえの分担はもともと並大抵じゃない」
なかには役割を与えようがないのもいるが、と視線を流した先の青年は、「え、マジで地上波で乳首出んの? 二次元も三次元も? 最高かよ昭和!」とはしゃいでいた。
「拓海はまあともかく」千尋は苦笑し、定位置の壁へ背を傾ける。「お礼とかいいって」
仲間内で水くさいし、と遠慮するが、高難度の依頼には相応の報酬を支払うべきだろう、と博は譲らない。千尋は、私が行きたいから参加するんだってば、と右手をひらひら振った。
「タイムトラベルができるなんて、それ自体がじゅうぶんすぎる報酬よ」
ネタとも本気ともつかない夢見心地の調子で言われ、んむう、と博は不満げに引いた。
なにもしないのに無料で行ける拓海との激しい落差が気に食わない。だいたい、あいつが秘密を漏洩したから……まあ、結果的に千尋や不藁の協力を得ることになったのは大きなプラスで、ケガの功名と言えなくもないが、しかし……。
「バブルでビットコイン買いまくっとけば、戻ってきたときに値上がりしてて大金持ちじゃね?」
オレ、天才すぎ、と能天気に浮かれる馬鹿者に、九〇年にビットコインなんかビの字も存在してねえよ、と博は不安を募らせた。
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