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二〇二〇年
一 五人のオタクたち
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連休も終わりにさしかかろうという二〇二〇年五月五日の昼さがり。
特異日の例にそうもれることなく晴れ間の見えていた空は、正午あたりにはうららかな日差しを、全国的に、関東一円へ、横浜市内へとさんさんと注いでいた。ゴールデンウィークのそれなりの行楽日和。
だがそれも太陽が傾くにしたがって下り坂となり、夕方前には雨模様へと変わり始めていた。
もっとも、今の時勢は天気に関係なく、人々が出歩くことを許さない。
二〇年代の幸先と東京オリンピックにケチをつけたパンデミックは、人間が休暇を取る間も休むことなく猛威を振るい、大型連休に水を差す。
蔓延する不安を、遊びに出て晴らすことさえかなわず、空模様と同じで微妙な休日。
その点、引きこもりやその傾向のある人間は強い。巣ごもりを強いられずとも進んで屋内にとどまり、いくらでも過ごすこといとわない。オタクと呼ばれる人種は大なり小なり、引きこもり属性があるようで、艾草博も高い耐性をみせる者のひとりだ。
幼少時に「『GOレインジャー』はかんとくがごにんいて、たなかかんとくのときだけみどりが――」などと素質の片鱗をうかがわせ、一般人の両親の「マニア趣味もいずれ卒業するだろう」との見たてに反し無事卒業することなく、気がつけばオタク歴は半世紀近く。
引きこもり耐性があるだけで、常にこもるタイプではなく、オタク仲間と組んでいるバンドのリーダーを務めてみたり、意味もなく世界じゅうを放浪し、南極 (の端っこ)やエベレスト(の高額な入山料を徴収されるぎりぎり手前)にまでも行ってみたり、「どこから稼ぎを得ているのか不明の人物の代表格」というあまりポジティブでない風評を友人知人の間で獲得していたりと、わりとアクティブだ。五つ離れた妹いわく「生まれついての変人。変態じゃないだけまし」。
その変態もとい変人の住まいは保土ケ谷のなかほど、相鉄本線が生活圏内を走る丘谷にあった。住宅地の一角に建つ小さな借家が博の根城だ。
ひとり暮らしの彼が一軒家に住まう理由は、本人の弁によれば「集合住宅は人間の住む場所じゃない」。
十年来のつきあいになる、ふたまわり年の離れた友人兼バンド仲間、立花千尋は「要はモグさんが協調性に欠けるってだけでしょ」とばっさりだ。
今でこそ戸建てかつ防音を施した部屋を確保しているが、その昔、ひとり暮らしを始めたばかりの若いころはむちゃくちゃだった。なにしろ、築何十年の木造アパートや、ベニヤ板みたいな壁と評判のコーポで、平気でステレオをフルボリュームでかけ、自慢のドラムセットを叩きまくる。しかも朝の五時前に。
五日で追い出された、自分でもなにを考えてたのかわからん、と顔をしかめて当時を振り返る彼も、姪が中学三年生になる今となっては分別もつき、自宅で叩く楽器も部屋のすみに鎮座する電子ドラムに代わった。
歳のわりにアッシュグレイの短めツーブロックは、年齢をうやむやにし、うさんくささを漂わせたままだが。
バンド仲間は博のほかに四人おり、件の姪・葵もそのひとりだ。楽器が演奏できないためボーカル担当。一応うまい。
ルックスもそこそこよく、彼女の人なつっこさがよく表れているくりくりした目、中学校でも低めの身長と肩にかからない緑の黒髪――名は体を表すがごとく、青みがかって見えるほどの濡烏だった――は小動物のような愛嬌。グループのマスコットとしてかわいがられている。
一方、先に名前のあがった千尋はある意味、葵と好対照だ。
葵と同じく楽器ができないのだが、こちらは歌唱力にも難があるうえ、無愛想。
女としては高身長の部類の頭頂から無造作にたれ流れる黒髪は腰下まで達し、年がら年中、代わり映えのない服装と相まってやぼったい。顔だち自体は十人並、いや五人並ぐらいにはそう悪くもないのだが、いかんせんビジュアル的に映えない。三十路を迎えてマスコットという歳でもなし。
当人もそれほど人前に出たいわけではないため、PAなど機器の調整役を務めている。バンドメンバーとして数えていいのか微妙な立ち位置ではある。というかなぜ加わったのか。
実際のところ、彼らはさほど音楽活動をおこなっていない。バンド名もそのときどきで「ファイブレインジャー」「ドリスターズ」「牛乳特戦隊」「ビネガーマップ」「Smile Doki2 Hugged Star Twinkle 5」と変わるいいかげんさだ。
たまり場にしている博の家へしばしば集まるも、基本インドア派の彼らはなにをするでもなく屋内でぐうたらと過ごす。「まるでどこかの軽音楽部だな」と博が称したことがあるが、即座に「葵以外、年齢的におこがましいでしょ」と千尋に断じられた。
指摘のとおり、メンバーは友人同士ではあるが年代はばらばら。平均年齢は三十歳を超える。女子高生の部活動を引きあいに出すのはたしかに図々しいか。ちなみにツッコミ役はだいたい千尋の担当である。
ゴールデンウィークも終わろうかというその日も、三々五々とメンバーが訪れては、自宅のようにだらだらとくつろいでいた。
皆、それほど人混みへ出かけるタイプではなく、どちらかと言えばこもりがち。緊急事態宣言の外出自粛要請もあまり苦にならない。
博宅の来訪も外出のような気がするが、「実家のような安心感があるので外出にはあたらない」という謎解釈のもと、今日も今日とて、木造モルタルの古びた住宅に入り浸る。
実は今日、博は誕生日だった。
かつ生誕半世紀との大きな節目を迎える。さぞかしメンバーは盛大に祝いに訪れているのであろうと思いきや、まったくそんなことはなく、単純に定期的な出入りの一環にすぎなかった。
なにせ家の住人は変態もとい変人なので、誕生日や節目というものに頓着しない。「冥土への旅の一里塚だ」めでたくもない、とどこかの禅僧のようなことを吐く。
ひねくれた彼の性格をメンバーは心えているので、一応持参したケーキも、途中のコンビニで買った税別二百五十円のひとケースふた切れだけ。しかもひとつは姪が食べてしまった。女子中学生は食べざかりなのだ。
その食いしん坊の姪・葵は、博の背後で、五歳年上の男友達と――彼自身は葵の友達以上、恋人未満の関係のつもりでいるらしい――座卓をはさんで頭を突きあわせ、一生懸命になにかを検討していた。
卓上にはノートパソコンが置かれ、YouTubeの動画が流されている。ミュージックビデオでもおもしろ映像でもなく、無名の一般人が自宅でホワイトボードへ数字や文字を書きつけているだけだ。
中学生や最近まで高校生だった男女が視聴するにはいささか地味で退屈なはずの動画ながら、ふたりは熱心に見つつ意見を交わす。
「あいうえお順に一文字ずつずらしたらどうかな?」ショートヘアを揺らして少女は顔を上げる。「あたしの『あ・お・い』だったら、えーと『い・か・う』みたいに」
「とっくにみんなやってる」若い男が、対面の黒髪ショートとは対照的に黄色く逆立てた頭を振る。「前後左右、二十五文字までずらしてチェック済み」
「じゃあさ、並べ替えとか」
「それもおんなじ。一文字とか二文字とかだけじゃなく、すごい難しい法則でいろんな並び順が試されてんだ」
な、千尋さん、と二葉拓海は、ひとまわり年上の友人に同意を求めた。千尋は、ひどい雑な表現ね、と苦笑する。
「子供でも解ける古典的な暗号化から、現代の研究者レベルの暗号理論まで、さまざまなアプローチで解読が試みられてる」
プログラマーの彼女は、パソコンショップで不まじめなアルバイト店員を勤める拓海よりは整った意見を述べた。
拓海たちとは別の作業机でひとりなんらかの作業に専念する博のかたわらに立ち、千尋はなにをするでもなく、上下に年の離れた仲間を薄笑いでながめる。
春先に、新しい感染症の騒動に関連したあることと、まったく別の大事件が起こり世間の耳目を集めたのだが、年下の友人ふたりは目下、感染症関連のほう、新薬開発への協力にご執心のようだった。
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