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二十
神・アディオスが人類にもたらした「タイムマシン」は、時空のむらを用いる。自然現象を利用するものなので、そうそう人間に都合よくはいかない。
今回の目的である『修正・小半理論』の完成が確実視され、かつ、小半助教授の行方が判然としなくなる前の時期へと飛び、数学理論を入手したのち、現代まで戻ってこられる時空のむら、それも五人の人間を運搬できるものはごく限られた。その選定にあたって最優先事項となったのはほかでもない、葵の学業だ。
対コロナ作戦によるタイムトラベル計画に葵が加わることを、母親の陽子は当然に反対した。というか最初はまともに信じようともしなかった。
博はしばしば葵をあちこちへ連れまわす。たいていは、伯父さんっ子の葵がねだってのことで、定職についていない博は時間的な自由がきくのと、海外赴任で長く家をあけている父親の代わりになつく姪は邪険にできないこともあって、安請けあい。都内やその近郊・茅ヶ崎・千葉県(にありながらなぜか東京と称する)テーマパークへ連れていくのだが、基本、陽子には無断。事後報告すらしないこともしょっちゅうだ。
ある夏休みの夜、娘の帰宅が遅いのを心配して母親が送ったLINEに『ごめんw言うの忘れてたwww』『今四国w』『めちゃくちゃ人踊ってて草』と阿波おどりの写真を添えてきたときはさすがに激怒。即刻電話し、今すぐ帰ってくるよう命じた。予定を繰りあげ保土ケ谷のマンションへ戻った博と葵を並べて正座させ、小一時間にわたって説教。兄には、今度やったら未成年者略取で通報する、とブチキレた。
以後、葵を連れ出すことまでは禁じられなかったものの――葵本人の懇願によるところが大きかった――事前の許可が絶対の条件となった。
そういった経緯から、葵の学校生活に極力影響のない日程を組むとなると必然的に夏休み中となるが、新型コロナウイルスの影響で日数は大幅に短縮されている。短い夏休みの開始と終わりの間に往復可能で現実的な選択肢は五指に満たず――たとえば、政府から退避命令の危険度に設定され武装勢力が実効支配する地域、最寄りの人里まで五百キロメートルほど離れ肉食獣や病原体の跋扈する熱帯林、あるいは都内ではあるものの高度五千メートルの上空などは、候補として少々厳しい。結果、秋田への強行軍が採択された。
問題は、タイムトラベルを葵の母親にどう説明するか。
いくら博が、『富士山頂で何日過ごせるか試してくる』と称して出かけて、五日後、満身創痍で点滴を受けながら、対面した家族にあきれられるなど、幾多の突拍子もない奇行歴を持つ変人といえど、さすがにタイムマシンで三十年前に行ってくるなどと口にすれば縁切り事案だ。
「妖精さん」の声が聞こえるようになったと陽子に知られたときも――言うまでもなく漏洩もとは彼女の娘だ――心療内科の受診を強固に勧めたのは看護師である彼女だった。今度は入院まで言及されかねない。
バブルに行くことは伏せて『バンドのメンバーで合宿をおこなう』との名目はどうか、という案も出たが、何日も連絡がつかなければ怪しまれるし、外出や密集の自粛が叫ばれるコロナ禍ではやや苦しい。
そもそも葵は受験生だ。天然の彼女の成績はけしてかんばしくなく、特に苦手な地歴公民は壊滅的。地理では北海道の県庁所在地を『北海道市』、公民では三権分立を『神奈川県・千葉県・さいたま県』、歴史では一九四五年八月十五日に終結が伝えられた戦争を『第5次なんとか大戦(ロボットのやつ)』と回答する猛者だ。のんきにタイムトラベルなどしていられる身ではない。
(対策を考えるのがめんどうになってきた)博から、やはり連れていけない、家で勉強していろ、と同行の許可を撤回されそうになった葵が、言うにこと欠いて抜いた伝家の宝刀は――
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