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十二 二十世紀青年
急ぎめに用を足すと台所へゆき、冷蔵庫を開けた。
冷やしたメロンイエローを取り出す。菓子はどれにしようかとせわしく戸棚をあさっていると「お兄ちゃん?」との声があった。8/5チップスの箱を手に艾草博は廊下を見やる。
「まだ起きてるの?」ピンクのパジャマ姿が、まぶしそうに目をしょぼつかせている。「サッカーの観戦?」
妹の陽子だ。催して目が覚めたらしい。
博は、ああ、と短く応じる。早く部屋に戻らないとCMが終わってしまう。
「予約して録画すればいーのに」
「野球中継を録る奴がいるか?」
ビデオじゃ臨場感も画質も落ちる、とドリンクとスナック菓子を左右の手に下げ、いそいそと妹のわきをすり抜ける。
「明日バイト休みのヒトは夜フカシできていーナァー」
「おまえだって学校、半ドンだろ」
うらやましがる彼女に、ちんまりたらしたおさげを向けておざなりに返す。
自室へ戻るとちょうどCMが明けたところだった。
中古のエレキギター、『AKITA』のワンシーンが表紙を飾るアニメ誌、ビールやジュースの空き缶、吸い殻の代わりにピーナツの殻が積まれた灰皿、中古屋で買いそろえたオーディオセット、ゴーランドのMIDI音源 (中古)、シンセサイザーのキーボード (中古)、PC-9805 (展示品価格)およびそのキーボード、テレビ欄を上に向けて投げ置いた新聞――それら趣味用品を中心に雑然とした六畳間が、根城のぬしを物語る。
黄ばんでくたびれたシーツのベッドへ腰を下ろす間も惜しげに、博はテレビ画面を注視した。
深夜二時に始まった三位決定戦・イタリア対イングランド。
最初の一時間は、今回のワールドカップの例にもれず、おもしろみに欠ける試合内容だった。八六年のメキシコが「神の手」を筆頭に見どころにはこと欠かなかったのに比べ、今イタリア大会の味気なさといったら。奮発して買った新品のビデオデッキが泣くぞ、とぼやいていると小一時間経過してようやくイタリアが得点をあげた。そのときだったのだ。妙な違和感を博がいだいたのは。
――なかば当然のように、先制点を入れるのがイタリアだと考えていた。
もちろん開催国のアドバンテージはあるだろう。最大の強豪国でもある。しかし、あまりにあたりまえにとらえた自身に引っかかった。
イングランドとてシードの一角。じゅうぶんに強国だ。準決勝まで勝ち上がった強豪同士の試合で、なぜ、さもありなんと感じたのか。
そして終盤。イングランドが一点を返す。が、五分後、PKでスゴラッチが今大会最多、六点目のゴールを決めた。イタリアの勝利で試合は終了。
両チームの選手が手をたずさえる表彰台へ観衆の喝采が送られる。その興奮の何分の一かでも、バーリから遠く離れた横浜で、同時に味わうはずだった。
――俺は知っていた。
食い入るように博はブラウン管を見つめる。
あいつは知っていた。
おとといの朝、自宅に来た妙な連中。
朝っぱらから押しかけ、艾草博だと名乗る頭のおかしい中年男が口にした「予言」。
バカバカしくてまともに取りあわなかったが、思い返してみると、あの四十がらみの男は「イタリアが勝つ」と言っていた。たしか、得点も二対一と言及したような。
いいや、偶然の域を出ない話だ。誰でも言える程度の当てずっぽう。だいたい、得点だってうろ覚えだ。三対一、あるいは一対〇と言ったような気もする。単なるまぐれだ。まぐれ。
一笑にふし、無意識に座卓へ手を伸ばす。ライターとマイルドファイブを手探りしている自身に気づいて、先々月、二十歳の誕生日を機にやめたんだった、と舌打ちした。
台所から調達してきた8/5チップスとメロンイエローは、開封されずじまいだった。
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