一九九〇年

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十三     あんた、あのコンビニのなんなのさ  横浜駅の西口がわ、北幸のビジネスホテルをひとまずの拠点に定めて三日たった。  博たち五人の「対新型コロナウイルス特務部隊」は、隣接する三人部屋と二人部屋を取り、それぞれを男女でわけて寝泊まりしている。  PCやルーターといったIT機器をはじめ荷物の大半は、スペースに余裕のある男子部屋へ置いた。女性陣も日中はそこで過ごすことが多い。  朝夕の食事つきで部屋割や立地などの条件を満たしたぶん、予算的には多少高くつくが、限られた日数で次のステップに進めたなら許容範囲。そうでなかった場合は、全員相部屋・ユースホステル・寿町(ドヤ街)といった場所での長期滞在に移行せざるをえない。男性陣もだが、千尋や葵はより抵抗が大きいだろう(特に最後の一名)。  そうでなくても葵は、葵・拓海(わかもの)組の主・不満詠唱者(メインスペルキャスター)として、毎日・毎時、ときには五分おきに呪文(もんく)を唱える。 「もう三日だよ、おじさんっ」  近所のファミリーマーゴットで買ってきたおにぎり片手に、葵は今日も、伯父に昼の定時抗議をおこなっているところだった。サイドボード代わりの小さなテーブルを挟んで対面する拓海は、抗議活動は葵に任せてコンビニ弁当をかっ食らっている。ベッドに腰かける博の視線は、寝台上の弁当とノートPC間を往復するのみで話半分だ。 「三日だよ、三日――もぐもぐ――三日あったら――ぱくぱく――ログインボーナスの石でキニエンタスが――はむはむ――チートスキル――んっ、んぐっ――一個ぐらいゲットしたってね――もぐもぐ、もぐもぐ――おかしく――」 「しゃべるか食うかどっちかにしろ」  ツナおにぎりを頬ばり頬ばり、たまにご飯粒を飛ばしたりほっぺたにつけたりしている姪をつれなくあしらう。食べている間は不平も滞りがちだし、腹がふくれればなおのこと。中学生なんて単純だ。  外出している不藁と千尋が収集してきた情報を整理・分析しつつ、しかし、あまりいつまでもは持たないな、と博は、おかかむすびの包みを開封する、海苔をくっつけた姪っ子の横顔を眺める。  初日のうちはまだご機嫌だった。  ホテルへの道すがら「えっ、あのなんかすごいかわいい丸と星のマーク、ファミリーマーゴット(ファミゴ)なの? 色、青と緑じゃないの? 字とか赤いし、全然違う」だの、 「ジャスゴってなに? イオソ・ソ? だってあんな赤と緑のロゴ、見たことないよ?」だの、  コンビニに入れば、コピー機がないATMがないレジにアクリル板がない電子マネーが使えないレジ袋がまだ無料だの。  九〇年代までは基本的に現金かカード払いだ、と紙幣を渡せば「千円札のヒゲの人、顔違くない?」「五千円札までヒゲのおっさんだし。誰だよ、このメガネ」だの、  どうせ無駄づかいするので渡さなかった一万円札も見せろ見せろとやかましく、見せたら見せたで「なんだ、一万円はおんなじなんだ――って、裏見たら鳥違うし!」「なんか、普通の鳥なのな」「弱そうだから二羽いるのかな。レアアイテムとかドロップしなさそう」などとわけのわからない感想を述べたり。  ホテルの部屋にある二十型もないテレビを目にすれば、なぜか「デカっ」と驚いたり――いわく「だって箱みたいな形じゃん」  ブラウン管テレビというものを見たことがなかったらしい。 「ちなみにこのタイプを英語でtubeっていうんだ。YouTubeの語源だ」と豆知識を披露すれば「えっ、もしかしてこれでYouTube見られるのっ?」見えねえよ……。  そんなこんなで葵たちは終始、大はしゃぎだった。  しかし、外を出歩くのは主に不藁・千尋のふたりのみ。拓海と葵は原則、ホテルで缶詰生活だ。  九〇年代を知る不藁たちは、この時代に滞在する地盤固めで、周辺の把握・物品の買い出しなどの役割をこなせるが、〇〇年代組には少々厳しい。  よって彼らの外出はせいぜい、引率者の博とともに昼食を買いに出るぐらい。軟禁状態だ。  建設中の横浜ランドマークタワーや移転前のコスモクロックなど、興味深い施設を擁するみなとみらいが間近にありながら、見物に連れ出してもらえない(拓海と葵だけの単独行動はもってのほかだ)。  そうなった原因はほかでもない、当人たちにあった。  三日前、バブルへ到着したその日に、ふたりはさっそくやらかしたのだ。 ――――――――――――――――――――――――― おもしろかったら応援をぜひ。 本棚追加でにやにや、スター・スタンプで小躍り、ページコメントで狂喜乱舞、感想・レビューで失神して喜びます!
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