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二十四 神隠しの千尋
父・清と妹・陽子がそれぞれ出勤・通学で家を出たあと、未来組のうち三人は、残った母と九〇年博へ、今回の計画について改めて説明しようとした。が、
「博、あなたが聞いておいてちょうだい。私は難しい話はあまり得意じゃないから」
滞在中、皆さんの身のまわりのお世話に必要なことだけわかればじゅうぶんよ、と母親は食器の片づけに立とうとし、
「俺もバイトの時間がきたら出ないといけないし、どうせ親父や陽子にも話すなら二度手間だろ」
それより本当に未来から来たんだったら年末公開のパートIII、内容知ってるんだろう、ちょっとだけ教えてくれよ、と博も、関係のないことがらへ興味を示すのみ。新型コロナウイルスのあらましは話したというのに無関心すぎないか、と未来博は渋い顔だ。千尋は、変人のモグさんの母親および本人らしいといえばらしい反応だ、と内心で納得した。
「お化け屋敷、探検しようぜ」と、探検ごっこという歳でもないのが、ぎりぎりそういう歳の少女を誘い、
「人ん家だろう。この俺ですら多少感じる遠慮が、なぜおまえにはないんだ」
というか気安くお化け屋敷呼ばわりすんな――年長で年輩の男の不快感もついでに誘う。
「探検はともかく」古い民家特有の低い天井が窮屈そうな不藁が、うながす。「各自の部屋割りは先にすませておこう」
「そうだな」博はうなずき、すでに隣の台所へ戻っている母親へ声をかける。「おふくろ、空き部屋を使いたい」
「ご自由に」ぱたぱたとのスリッパの音とともに、せわしげな返答がある。「陽子の部屋は覚えてる? 入るとあの子、怒るわよ」
「ああ」
よく覚えている。部屋も、無断であけると(特に色気づいてからは烈火のごとく)食ってかかることも。出がけに「アタシの部屋、絶っっ対、入んないでよね」と釘を刺し、母親に監視を頼んでいた。
居間を出、ふたりの博が向かう先へ立とうとしてたしなめられる葵・拓海組の片われが、疑問をていする。「あたしたちがママの部屋に入らないように見張って、って言われてたのに、いいのかな」
「それだけ信用してるってことでしょ」不藁とともに後ろを行く千尋が答えつつ、改めて疑問を重ねる。「過去モグさんがいるとはいえ、さすがに、会ったばかりの私たちに家を自由にさせすぎな気はするけど」
初めて会う孫にも意外と興味薄そうだし、他人に無関心なのかな、との千尋の見当に、前列の博、若くないほうが、いや、と振り向かず言った。
「もちろん大いに気になってるだろうさ。タイムトラベルに、年上の息子に、生まれてもいない初孫」
そのうえ世界の危機だのなんだのと情報量が多すぎだ、聞きはじめたら止まらなくなるのがわかってるから自重したんだろうよ、と苦笑交じりに足を止める。「ここらの部屋は全部、来客用だ。好きに選べ」
拓海と葵は、薄暗い廊下を挟む襖を次々あけて、うわすごっ、おじいちゃんち、どんだけ部屋あるの、と感嘆し、過去博は、本当に未来から来た俺なんだな、と驚きを新たにした。
「おふくろは細やかな気づかいのできるタイプなんだ」
引率者は、できないタイプの最年少コンビが、必要もないのに八畳部屋を押さえてはしゃぐさまへあきれのまなざしを向けつつ、先ほどの話へ注釈を加える。
「事情の詳細は今夜改めて聞ける。なら、今は客人には心身を休めてもらい、その間、もてなしの支度に専念する。そういう人なんだ」
たしかに、食べたいものを昼と夜にわけて各人に問うていた。手間になっては申しわけないので――横で枕投げすら始めかけてリーダーの小言をちょうだいしている程度には遠慮しらずのふたりが五品目|(二名×昼夜二食+食後のデザート)をあげてはなおのこと――千尋たちは、おまかせしますと恐縮するしかない。
立花はどの部屋にする、と不藁に問われて千尋は、残っている六畳間と四畳半のうち狭いほうを選んだ。バランスを欠かないように、というわけでもないのだが、拓海・葵たちの五ミリはあるつらの皮の厚みで、自然と思慮深さが増す。奥のほうや二階にはほかにも広い部屋、なんと十五畳まであるとのことだったが、隣あっているほうが便がいいだろう。無線LANのルーターを管理するのも自分だ。
部屋の壁ぎわへバッグを置きIT機器の設置にとりかかっていると、役割のない二名――本当にまともな分担を持たないのは一名だが、相方のほうもなすべきことになかなか手をつけない――が、しっかし無駄にデカい家だよな、とか、千尋さんが神隠しにあう宿屋みたいに古いよね、との息をするように自然な失言を口にし、だから人の家を無駄にとか古いとか言うな、と逐次、苦言をていされる、そんな様子が廊下から聞こえる。
ルーターの電源を取ろうと見まわす和室は、なるほど、葵の言及するとおりあの温泉旅館の従業員部屋を思わせる年季の入り具合。室内の隅に見あたったコンセントがちんまりと、場違いを恥じて縮こまっているかのようだ。
十口のテーブルタップのプラグを差し込みながら、千尋は、そういえば自分たちが山中で姿を消した点も、件の少女に重なるではないかと気づく。果たして無事に神隠しからもとの時代へと帰れるのか。
神のみぞ知る、との言葉が浮かんで、妖精さんは一九九〇年にはいないらしいとの話を思い出す。四六時中、耳もとでうっとうしいのから解放されてせいせいする、と語っていたリーダーは「おまえらはじっとできないのか」また問題児ふたりをとがめている。お父さんか。彼には安息の時と場所などないらしい。こんな調子では、二〇二〇年への帰還に三十年ほど要するはめになりかねない。
千尋は、還暦を迎える事態を想像しかけて、身震いとともに首を振った。
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