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四 神・aDios
「ここが楽園さ。すばらしい作品にあふれている」
男とも女ともつかない中性的、というよりは子供のような声色は、快活に答える。
「神様のいる場所なら、どこだろうとエデンの園ってわけだ」
俺が聞いたことのあるパラダイスじゃあパンデミックなんて起こらないんだがな、と博は皮肉めいた調子で、ただし、やはり口もとは閉ざしたままで、言う。
博の含意どおりに神を自称する声のぬしは「aDiosは、人間が想像、あるいは期待するような存在ではないからね」とほがらかに答えた。
「平和じゃないか、見える範囲のご町内は」
ひさかたの、光のどけき春の日に、しづ心なく人類の散るらむ――もののあわれ気どりで詠む声、アディオスに、博は口を半びらきにし、おえ、と舌先をのぞかせた。
神話のエコーのように姿なき、幼げなその顔が、実に達観した遠い目で、しみじみほほえんでいる。見えないが、見える。ありありと浮かぶ。
なんて神様だ。博はげんなり気味に息をつく。
「モグさんはだんまりだけど『妖精さん』とお話中?」
アディオスの声とは反対がわ、左横から千尋が問うた。
からかい半分といった調子の彼女に、ああ、と博は応じ、共感を求めるようにこぼす。「滅びの美学をご堪能中だそうだ」
「滅びの美学?」机に両手をつきかがみ込む千尋が、くすりと小首をかしげた。
「コロナの蔓延する世をはかなんでいらっしゃるようだぞ、にやつきながら」
にやついているとは人聞きの悪い、とのわざとらしい不平と、千尋の「ついに妖精さん、見えるようにもなったんだ」とのそれほど感情の込もっていない感嘆が、左右で同時にあがった。
「いいや」双方への返答を兼ねて短く否定し、人間のほうへつけ加える。「口ぶりでわかるさ」
吐き捨てるようなニュアンスを多少交える博に、両者がまたシンクロし肩をすくめた――アディオスの所作は博の想像だが。
へきえきする博に、アディオスと千尋が両サイドから話しかける。
「嘆いてるさ、病魔に蝕まれる人類を」「でも妖精さんはモグさんのイマジナリーフレンドでしょ?」「優秀なクリエイターやその玉子が失われていくさまを」「てことはそれ、モグさんのサイコパスな一面だよね」「できることなら救いの手を差し伸べたい」「イマジナリーフレンドがいる時点でアレなんだから」「しかし神は無力。それは一枚の紙、一本の髪のようにもろく――」「ただでさえ職業・年齢・経歴、全部不詳の怪しい人物と周りから見られてるんだし――」
「ああもう、うるさいっ、ステレオでしゃべんな!」
吠える博に、千尋が「あ、今、妖精さんがささやいてるの?」と興味なさげに言った。博は神様のほうは捨て置き、半田ごてを持っていない左の手の平を千尋へ向ける。
「俺も初めは『早くも焼きがまわったか』とめまいがしたさ。辞書で『現実主義者』を引いたら『(例)艾草 博(一九七〇 - )』って出てくるぐらいのこの俺が、神様(自称)の声を聞いちまったんだからな」
(自称)はよけいだよ、との本人のゆるい不服はスルー。
「起きてる間はのべつまくなしに話しかけてきてかなわん」
「落ち着いてセルフな発電もできない、ってたもんな」
横からはさんだ口をすべらせる拓海へ振り向き、キッと博は目を剥く。「それはおまえの独自解釈だろう」
女性陣から「うわ、おじさん引く」「元気ねえ」との感想がもれた。
「男同士の与太話をところかまわずぺらぺらと。そういうとこだぞ、拓海」
机上のマルチタップから、先端が二百五十度に加熱された電子工作器具のプラグを引き抜こうとする。拓海は飛び上がり「博さん、それマジヤバいって!」
「あいかわらず拓海と葵は騒々しいな」
やぶから棒に一同へ割り入る野太い声があった。
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