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三 晴れの3佐は
問題の映像が投稿されたのは、事件からおよそ三週間後の四月二十日。日本時間の正午きっかりだった。
一部、日本語を交えた英文のタイトル・説明書きによると、この五分二十五秒の映像は、三週間ほど前の四月一日、未明に発生した『大正島上陸事案』で撮影された戦闘の様子となっている。
陸上自衛隊初の、そして戦後初の日本領土における国籍不明勢力との交戦が、映像として記録され、視聴できる――。再び、日本じゅうが蜂の巣をつついた騒ぎとなった。
どのような経緯でこのようなものが流出したのか。名前の出ている「不藁少佐」なる人物の発言は、軍事あるいは自衛隊内の語彙ではなく、どうも戦争ゲームの用語らしい。極めて不謹慎で、自衛官として、人としてありえない――。
海外からも高い関心・注目が集まり、有名無名を問わず多数のサイトへアップロードされた動画は、恐ろしい速さで再生された。
先の大正島での事件(日本政府は努めて「事案・事象」の表現をもちいていた)は、その事態の異常さにふさわしい、異例の早さで解決済みとして処理されようとしていたさなかにあっただけに、再燃の勢いはきわだった。
投稿当初は、政府・防衛省・陸海空の各自衛隊への非難――一般大衆のなかにはひとからげでとらえる者もあった――と(ごく一部の層からの)称賛が寄せられ、広報窓口は麻痺状態に陥ったものの、二、三日のうちにさまざまの不自然な点が指摘されて粗熱は取れた。
まず、陸自に「少佐」は存在しない。
相当するのは「3等陸佐」だ――ただ「不藁3佐」については引き続き物議をかもすこととなる。
そして、「少佐」の発言内容が、声のあてられている状況と必ずしも一致しない。
「戦争ゲーム」の多くのタイトルでは、死亡すると所定の地点で復活し復帰できるものがある。実際の戦闘では(言うまでもないが)起こりえないにもかかわらず、明らかに特定の拠点へ向かおうとする発言がある。が、「不藁少佐」にそのような行動は見られない。
決定的におかしいのは天候だ。
動画の映像は、点々と浜に横たわる死体、日の出前の澄みきった空、凪いだ海といった印象的な対比を背景に「少佐」たちはたたずむのだが、事案の起きた四月一日の南西諸島はまる一日曇り。当時は小雨交じりの強い風が吹いており、戦闘が結した時刻も日の出後だった。
防衛省や国土交通省は、映像にある島は大正島の地形と一致しないこと、陸自は、動画内で隊員とされている人物の装備や服装は実際のものと異なること、また、戦闘時にこのような発言をしたりドキュメンタリー映像を撮ったりする余裕などないことや、精鋭中の精鋭ぞろいの隊員にはとうてい考えられない行動であり、部隊への聴取でも関与した者はなかった――各所がそのような見解を明らかにし、動画は捏造であると断じた。
それらの否定が公式に出る以前から同様の指摘はなされており、誰が、どのような目的で、このような手の込んだ捏造動画を作成したのか疑問に思われていた。
映像内および添付の説明文は英語がベースとなっており、日本語は補助的であることから、おそらく海外で作成されたものと思われる。当然、相手国サイドの関与が疑われたが――一時は本物と思われたほど本格的な映像で、まず一般の制作ではないだろう――当該国は日本政府が言及するより早く否定。不快感をあらわにした。
このことはかえって邪推を招き、一部のいろいろと熱心な人々の間では『怪しい』『騙されるな』『ネットで真実を知った』『◯×人は◯せ』『よろしい、ならば戦』といったアレなもとい過激な発言も飛び交ったが、波風をたてたくない政府は相手国への追及を避け、また、新たな情報も出てこない。
一方でもうひとつの大きなできごと、新型コロナウイルスは話題にこと欠かず、とどまる気配のない感染の拡大と、広がる多方面への影響、開発が思わしくないと伝えられる治療薬・エクリプセ、本当に五月発行されるのか怪しい五万円札、名称が国立化学工業機構から技術革新みらい振興機構になるらしいと噂される新薬の開発元。
話題豊富のコロナ関連に対し、材料の追加のない大正島がらみは、騒動の大きさのわりに一過性の様相をみせるのも早かった。
一部の、日本が好きなだけの普通の日本人を称する層が騒ぐだけで、大衆の関心はそうそうに薄れようとしていた。
しかし。
問屋という組織は、そうはおろしてくれないものと相場が決まっている。
騒動は、その噂話で再々燃へと向かう。
「不藁3佐は実在するらしい」
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