二〇二〇年

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四     窓の3佐も  そのプレイヤーは、FPS界隈ではわりと名のとおった人物として活躍し、戦績をあげていた。  FPSとは、銃器をおもな武器とする戦闘員視点のゲームで、戦闘区域を駆け、ほかのプレイヤーと協力あるいは対立し、敵の殲滅、拠点の奪取・防衛などを競う。要はネット版・戦争ごっこだ(好事家(めんどくさいひと)にいわせると厳密には異なる)。  さまざまなタイトルが発売されており、高い人気を誇るものは複数をかけ持ちプレイする者も多い。だが、たいていは「主戦場」としているタイトルはひとつかふたつ程度に絞られ、彼、dDr5dN――通称「鬼伍長」のように、有名どころはすべて網羅し、どのタイトルでも顕著な結果をだすプレイヤーは極めて異例だ。  ひと口にFPSといっても各ゲームには個性があり、死亡すれば即終了の現実(リアル)寄りから、何度でも蘇生できジャンプで移動しつつ空中で銃を撃つというシュールなものまで――このスタイルはわりと主流だったりする――多種多様。ただ撃ちあうだけではなく、常に敵味方の状況や地形などを把握し、仲間との連携するといった戦略性を要するタイトルも少なくない。  ひとつのゲームの腕を磨くにもそうとうのやり込みが求められ、3つも4つもプレイするユーザーはまれ。同時期に稼動のメジャーな作品で5作以上トップ層に名を連ねる者などほとんどおらず、的確な状況判断と指揮でチームを勝利へ導くdDr5dNは、畏敬の念から(ユーザーネームの呼びにくさもあって)鬼伍長のふたつ名がついた。  普通は鬼「軍曹」ではないかと考える向きもあり、実際、当初はそう呼ばれていたのだが、本人から「軍曹はよしてくれ」。「曹長」もお気に召さないらしく、それなら伍長でとなり、本人もそちらは特に拒否反応を示さず定着した。  彼――低いがよくとおる(バス)からして男性であろう――が目覚ましい戦績を叩き出すたび、伍長が少尉となり、中尉・大尉と変わり、さらには少佐・中佐・大佐、果ては少将・中将・大将・元帥と昇進させて呼びならわす者もあったが、司令官クラスが戦線に出ているのはどうなのかという指摘(ツッコミ)もあって、伍長が当初から最も多数派だ。  鬼伍長は謎の多い人物だった。  数多くのタイトルを手がけ優秀なプレイヤーであることも特筆に値するが、軍事に関する引き出しもまた非常に多い。『パラベラム弾の9x19mmは、ダブルカラムのワンダーナインが』どうの『イスラエルのギバティー旅団に配備のタボールX95は』こうのと、火器・戦術・組織・戦史・作品とジャンルを問わず全般に広範な知識を有する。  ゲーム内では、兵卒としてはもちろん、指揮官としても有能で、統率力・状況把握能力の高さ、決断・実行のすばやさは、彼を味方に迎えたトッププレイヤーのクラン(チーム)をして「鬼にカラシニコフ」。  役割演技(ロールプレイ)の範疇とはいえ、ヘッドホンやスピーカーをびりびり震わす怒号を飛ばしチームを叱咤激励・鼓舞するさまはまさに鬼軍曹、もとい鬼伍長だ。  おまけに語学(えいご)もある程度堪能で、海外プレイヤーとの行動でも指揮系統の機能に支障はないという。彼がリアル伍長、すなわち自衛官ではないかとの噂がまことしやかにささやかれるのは自然のことだった。  本人は否定するが、現自衛隊に存在する階級「曹長」に通じる「軍曹」の愛称をよしとせず、生活(オフライン)に関することがらは徹底して口にしないこと、しばしば、どこそこ駐屯地・基地の誰それではないかとの憶測が語られること、ログインする時間帯・曜日が不定で間隔もあきがちであることなどから、鬼伍長が現役自衛官との見たては一部の間では定説となっていた。軍隊経験のある海外ユーザーは「"Gocho"は間違いなく自衛隊員」と口をそろえる。  一方で、自衛官説には懐疑的な見方もあった。  日々、隊で職務に携わり、文字どおり二十四時間(しろくじちゅう)を徹する勤務もある自衛官が、休みの日まで戦場(FPS)に入り浸るだろうか。実際、自衛隊員ほど、普段着に迷彩柄は選ばないという――彼らいわく「プライベートでまで着たくない」。  休日が不定期の職業もめずらしくない。「自衛官」ではなく「自営業」なのかもしれないし、無職の可能性もある。もしかしたら、追い出し部屋の端末から接続する強者の窓際族かもしれない。 「軍曹」の呼称を(いと)うからというなら、旧陸軍を連想させる「伍長」はより忌避するのではないか。大尉や大佐の呼び名もしかり。  結局のところ、なにかのパスワードのようなそのプレイヤーネーム(本人いわく「昔の初期設定のパスワード」)も含めて手がかりは乏しく、無粋に探りを入れる手あいには「俺は日本が好きなだけの普通の日本人だ」とうそぶく。――本人の述べておくと、彼には皆無である。  鬼伍長は、知る人ぞ知る謎のスーパープレイヤーとして、今日もネットの海に漂う戦場をどこまでも駆けている――はずだった。  大正島にからむ例の動画事件が発生するまでは。 ――――――――――――――――――――――――― おもしろかったら応援をぜひ。 本棚追加でにやにや、スター・スタンプで小躍り、ページコメントで狂喜乱舞、感想・レビューで失神して喜びます!
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