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九 鬼伍長、FPSやめるってよ
『クソっ、まただ、またやられた!』
『これで五回目だぞ、ノーキルでリスボーンするの』
『九回連続の奴もいる』
俺のことだが、との自虐は十回目の死亡によりぶつ切りとなった。画面は真っ赤に染まり暗転する。履歴に示される記録が事実ならとんでもない長距離からの狙撃だった。直前にほかの銃弾がかすめた音は聞いていない。一撃で仕留められた。
ツールでチートでもしなけりゃありえないだろ。毒づきながら、ありえないのはズルのほうだと彼はわかっていた。
へたの横好きでプレイ年数だけは無駄に重ねており、このゲームがFPSのなかでも特にチートツールなどの対策に力を入れていることを知っている。スクリプトによる機械的な操作は高い精度で検出され、運営に見つかれば一発退場。即刻、アカウントを止められる。鬼伍長および彼の加わるクランにそのような不正は無用だ。
恐るべき機動力・統率力・技量で敵勢力を圧倒し、殲滅させる。三カ月のブランクなど、一週間、いや五日とあけずログインしたかのような健在ぶりで、半壊したビルの瓦礫の下へ、荒れ地のブッシュの中へ交戦者を横たわらせ、嘆きの声を戦闘区域に響かせた。
その日、日付が変わった深夜、百日は数えようかという長期間、雲隠れしていた鬼伍長が、前触れなくふらり現れた。コミュニティーはちょっとした騒ぎとなり、彼の「降臨」したサーバーはいくばくかの負荷が生じた。
彼にクランへの参加を申し出る、普段の交流がない者たちのほとんどが、野次馬根性を隠そうとせず、彼が不藁3佐であるのか、姿をくらませていたのは自衛隊に禁止されていたからか、とずけずけ詮索。彼の不興を買いあさっては追放される。
結局、彼はほとんど単身でゲームに臨むが、そこは鬼伍長。強いも弱いもまとめて殴る。彼の出現を聞きつけて馳せ参じた気の置けない戦友たちと組むと、いよいよ手のつけられない軍神ぶりを見せつけた。
彼らのハンドガンはグレネードランチャーのごとき破壊的な火器へと変貌し、歯向かう勢力のサブマシンガンは水鉄砲かなにかのおもちゃまでにおとしめられる。フィールドを縦横無尽、神出鬼没に立ちまわり、張りめぐらされた地雷で一歩動くことすらままならない地獄へと招待される。
鬼伍長とそのチームを、チートでもしなければありえないと揶揄した歴戦の横好きプレイヤーは、何度目かしれない落命でモニター上の視界が闇に沈むさまを目のあたりにして、いまいましげに笑う。
これだ。この緊張感、絶望感。おいそれとは狩らせない戦場の悪魔たちがいてこそ、このFPSは盛りあがる。規格外の強さを誇るプレイヤーと対峙し餌食となったことさえ勲章になる。
諸手をあげて歓迎した伝説の再開は、しかし――
『みんな、敵も味方も、これまで戦ってくれてありがとう』
『俺、dDr5dNは本日、たった今をもってFPSを引退する』
唐突の宣言とともに、幕を閉じた。
知己も見ず知らずも皆まとめてざわつき、困惑し、さまざまの憶測がプレイヤー間で、コミュニティー間で飛び交う。だが、ことの真相を知る者は当人を除けばただのひとりもなし。十年は下らない鬼伍長の伝説は突然に終わった。
引退宣言は往々にして復帰とセットであつかわれる。戻ってくる者ほど引退を口にすると相場は決まっている。人々は、気まぐれに姿を消して気まぐれに現れたように、またそのうちにほどなくして、三日もすれば、しれっとどこかのサーバーでアサルトライフル片手に暴れまくっているのでは、と楽観視していた。
しかし、五日たっても十日すぎても百日経過しても、鬼伍長の影が戦線に差すことはなかった。
七月三十日未明、鬼伍長ことdDr5dNは完全にFPSから、そしてネット上から、永久に立ち去った。
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