二〇二〇年

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六     知られていた秘密  視線を投げかけた先にあるのは、どこか挑発的で、いたずらっ子のように細められた目。剥くように見ひらいた博のそれとは好対照だ。  なんの話だ、これはただの、とそらとぼけようとして、やめた。  これはすべてを知っている顔だ。 「どうして知っている?」  なんとなく察しがつきながら博は声をひそめ聞き返す。  千尋が答える前に、不藁がなんの気なしに放った「ん、立花、知ってるのか?」のひとことに、博の丸めた目が「不藁!?」皿のように広がった。  真後ろを振り向いた博の横で、不藁さんも知ってんだ、と無感動に千尋が言った。 「ああ。葵から聞いた」 「私も」  不藁と千尋のやりとりに、動揺する者がふたりあった。  ひとりは博本人。そしてもうひとりは、 「葵っ、しゃべんなって言ったろ!」  年下の友人をなじる、拓海。  葵は悪びれた様子もなく、あ、ごめん、と言った。 「おまえ、口軽すぎんだよっ」  人のことをとやかく言えない漏洩源は、はっと窓ぎわの作業机を見る。  再び椅子から腰を上げ、仁王立ちする最年長の友人が、彼の次に年長の友人へ指示した。「よし、不藁。そこの、色だけスーパーヤサイ人のバカを捕まえろ」 「こうか?」  言われるまま腕をまわし、壁のようなその体の後ろに避難した拓海の肩へ、がしと手を置く。まるで後頭部に目がついているかのように、首はわずかもひねらないのにおそろしく正確な動きだ。 「いだだだだだっ!」  片手でりんごをジュースに変えられる程度にはある握力でつかまれて、粋がった風体のわりになで肩の青年は悲鳴をあげた。  が、叫ぶにはまだ気が早いとばかりに、アッシュグレイの五十路男は恐ろしげなことを口走る。「こいつは二百五十度から五百五十度まで調節可能でな」  ひいっ、と息を呑む拓海に見せつけるように、最近、マイブームらしい半田ごてを持ち出しダイヤルをいじる。そのおしゃべりな口もよくくっつくだろう、と歩み寄る博に拓海は顔面蒼白だ。 「不藁さんっ、博さん目がすわってるって!」 「おー、ありゃあマジの目つきだな」 「ああ、本気だとも」 「おじさん、だめだよ」暴走する伯父を姪がとりなす。「あたし、ゴールデンウィーク中におごってもらう約束なんだから。連休明けにしてよ」「おい!」 「そうね、明日までは病院もあいてないし、休みが明けてからのほうが」  暴走機関車の発車地点で腕組みしたまま動く気ゼロのプログラマーも懸命に擁護してくれる。ありがたくて涙が出そうだ。  迫りくる半田ごて、捕らえて離さない人間万力、薄情なJC(ロリ)BBA(みそじ)。まさに四面楚歌。  とある秘密を知ってしまった己の不運を拓海は嘆いた。  漏らしたことを先に悔いないのは、あまりものごとを反省しない彼らしい。  口もとに突きつけられた先端から不穏な放射熱が伝わって――がくり、うなだれる拓海。意識のほうが焼き切れたようだ。  白目をむいた彼の頬をつついて葵が、あ、逝った、とつぶやく。 「さすがにおじさんひどくない?」  危ないし、と見上げ口をとがらせる姪に、半田ごての先端を自身の手のひらに当ててみせる。  うわ、と声をあげる彼女へ博は平然と言った。「せいぜい五十度ぐらいだ」  この歩くセキュリティーホールにはこれぐらいがちょうどいい薬だ、と不藁に支えられて伸びている拓海を見下ろし、博はこの間の失敗を思い返す。 ――――――――――――――――――――――――― おもしろかったら応援をぜひ。 本棚追加でにやにや、スター・スタンプで小躍り、ページコメントで狂喜乱舞、感想・レビューで失神して喜びます!
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