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六 知られていた秘密
視線を投げかけた先にあるのは、どこか挑発的で、いたずらっ子のように細められた目。剥くように見ひらいた博のそれとは好対照だ。
なんの話だ、これはただの、とそらとぼけようとして、やめた。
これはすべてを知っている顔だ。
「どうして知っている?」
なんとなく察しがつきながら博は声をひそめ聞き返す。
千尋が答える前に、不藁がなんの気なしに放った「ん、立花、知ってるのか?」のひとことに、博の丸めた目が「不藁!?」皿のように広がった。
真後ろを振り向いた博の横で、不藁さんも知ってんだ、と無感動に千尋が言った。
「ああ。葵から聞いた」
「私も」
不藁と千尋のやりとりに、動揺する者がふたりあった。
ひとりは博本人。そしてもうひとりは、
「葵っ、しゃべんなって言ったろ!」
年下の友人をなじる、拓海。
葵は悪びれた様子もなく、あ、ごめん、と言った。
「おまえ、口軽すぎんだよっ」
人のことをとやかく言えない漏洩源は、はっと窓ぎわの作業机を見る。
再び椅子から腰を上げ、仁王立ちする最年長の友人が、彼の次に年長の友人へ指示した。「よし、不藁。そこの、色だけスーパーヤサイ人のバカを捕まえろ」
「こうか?」
言われるまま腕をまわし、壁のようなその体の後ろに避難した拓海の肩へ、がしと手を置く。まるで後頭部に目がついているかのように、首はわずかもひねらないのにおそろしく正確な動きだ。
「いだだだだだっ!」
片手でりんごをジュースに変えられる程度にはある握力でつかまれて、粋がった風体のわりになで肩の青年は悲鳴をあげた。
が、叫ぶにはまだ気が早いとばかりに、アッシュグレイの五十路男は恐ろしげなことを口走る。「こいつは二百五十度から五百五十度まで調節可能でな」
ひいっ、と息を呑む拓海に見せつけるように、最近、マイブームらしい半田ごてを持ち出しダイヤルをいじる。そのおしゃべりな口もよくくっつくだろう、と歩み寄る博に拓海は顔面蒼白だ。
「不藁さんっ、博さん目がすわってるって!」
「おー、ありゃあマジの目つきだな」
「ああ、本気だとも」
「おじさん、だめだよ」暴走する伯父を姪がとりなす。「あたし、ゴールデンウィーク中におごってもらう約束なんだから。連休明けにしてよ」「おい!」
「そうね、明日までは病院もあいてないし、休みが明けてからのほうが」
暴走機関車の発車地点で腕組みしたまま動く気ゼロのプログラマーも懸命に擁護してくれる。ありがたくて涙が出そうだ。
迫りくる半田ごて、捕らえて離さない人間万力、薄情なJCとBBA。まさに四面楚歌。
とある秘密を知ってしまった己の不運を拓海は嘆いた。
漏らしたことを先に悔いないのは、あまりものごとを反省しない彼らしい。
口もとに突きつけられた先端から不穏な放射熱が伝わって――がくり、うなだれる拓海。意識のほうが焼き切れたようだ。
白目をむいた彼の頬をつついて葵が、あ、逝った、とつぶやく。
「さすがにおじさんひどくない?」
危ないし、と見上げ口をとがらせる姪に、半田ごての先端を自身の手のひらに当ててみせる。
うわ、と声をあげる彼女へ博は平然と言った。「せいぜい五十度ぐらいだ」
この歩くセキュリティーホールにはこれぐらいがちょうどいい薬だ、と不藁に支えられて伸びている拓海を見下ろし、博はこの間の失敗を思い返す。
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