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十三 二十五分後の世界
ニュース?とオウム返しで、節子はテレビに体を向け手を伸ばす。
鈍い音とともに鈍色の画面へ鈍い像が灯る。焦点があうように鮮明化する映 ニュース?とオウム返しで、節子はテレビに体を向け手を伸ばす。
鈍い音とともに鈍色の画面へ鈍い像が灯る。焦点があうように鮮明化する映像に、未来組・年少部が、なんでおばあちゃん、あえて本体で電源入れたのかな、とか、それよりオレは毎回鳴る謎音が地味に気になる、などと疑問を述べあった。
「なにか事件でも起きるのか」壮年博へ、青年博が察して問う。
「いいや」腕の時計と画面とを見比べながらいったん否定し、己へ振り返る。「だが、ある意味においては」
含みのあるもの言いで視線を戻す。にわかに硬度を増した未来の己に、博は、おやといぶかしむ。
画面は夜のニュース番組『ニュース21』。
とりたてて大きな事件・事故は報じていないようだ。昨晩のサッカー・ワールドカップの決勝戦を伝え終えたところらしい。
「続いて天気です。今日正午に発生した台風7号は、午後九時現在、石垣島のおよそ百キロ南の海上にあって、北北西に進んでいます」
昨日かおとといに熱帯性低気圧として聞いた気がする。
規模はさほどでもなさそうで、予想進路も関東に来るようではなく、若いほうの博は気にとめていなかった。実際、接近しているのも予報どおり沖縄付近。ニュース内でのあつかいも大きくないみたいだ。
が、若くないほうの博はいやに熱心に見て――というよりは見守っている。台風がどうかしたのか。
「弱い小型の台風は、中心付近の気圧が九百九十五ミリバール、最大風速は二十メートルで、今夜、夜半すぎに石垣島に接近する見通しです。石垣島からの中継です」
映像が現地へ切り替わる。夜の街なか、白のレインコートを着た男性レポーターが通りに立ち、状況を伝えている。
人通りはないが雨は降っておらず、先ほど配置図で示された台風の近さにしては風の強さも限定的。街路樹のヤシが申しわけ程度に揺れている。
中継するほどでもなさそうだが、と博青年は困惑気味にちらと部屋の一同を見やる。
テレビへの注視は、博中年のみならず、髪の長い同伴の女性、立花千尋にうながされて全員がいたっていた。
なにが始まるというのだ。
この場で答えを知っているのは未来勢のふたりのみのようで、中高生らしいヤンキー・不思議ちゃんコンビが、女だてらにパソコンが得意らしいロングヘアに尋ねて「行程表をちゃんと読んでおくよう言ってるでしょ。って今、スマホを出さない」となにやら怒られている。
別段、変わった様子のないまま天気予報が流れる。
三十年後博とともに、現代博は、南国の樹木が不穏にそよぐ画面を見つめ、なにかの瞬間をじりじりと待つ。
中継を終えてスタジオに戻る前、五秒たらずの短い時間に、それは起こった。
レポーターの後方、数メートル、嵐の迫る夜の街頭に通行人があった。
男がひとり、テレビカメラを気にとめず、画面内を横切り歩き去る。
おや――若博と同じくして注意を引かれた何人かが、あれ、と声をあげた。あの男、ごく最近、目にしたような。
見覚えのある背格好に、髪を染めたヤンキー男がよりはっきりと言及した。「今の、不藁さんじゃね?」
「ほんとだ。なんで映ったの?」不思議ちゃんが、関わるには不釣りあいのヤンキーに問う。
全国の予報に移った画面から、一名をのぞいて皆、視線を引きあげ、口々に疑問を投げあう。
短時間映ったやや不鮮明な横顔は、会ったばかりの艾草家の人々にはなんとなく、つきあいの長い未来の訪問者には明らかに、あの壮年の自衛官に見えた。平成の一家も、服装でより確信を持ち、背格好にいたっては間違えようのない隆々の長身だ。
未来へ飛んだはずの彼がなぜ沖縄に?
ネタばらしをするはずの男は、すでにニュースが終了し歴史番組かなにかが始まったテレビを凝視する。ほかにもまだあるのか。今度は明治や大正期に写り込んだ写真でも見せるつもりか。
リーダー博が固まったままなので、相方が解説役を代わる。
「お気づきのとおり、今、テレビに映ったのは不藁さんです。彼、モグさんが、先ほど『タイムマシン』で転送した、あの大きな体格の人」
「でもあのヒト、未来に行ったハズじゃあ……」
「ええ、たしかに」混乱する陽子に千尋はうなずく。「二十五分後の未来へ」
「二十五分後??」
ますます理解に迷う妹のわきで兄が得心した。「ああ、そういうことか」
「あ、オレもわかった」黄色い頭も、はいはい、と首を振る。
さすがの拓海も、千葉の人工島で似たパターンを経験していれば気づくか。
もっとも、その経緯がなくとも、タイムマシンが時空のむらに左右され、転送される時と場所はさまざまであることは再三、説明しているのだが。
タイムマシンの実験台にされていなければ気づかなかったとおぼしき不甲斐ない弟分――年齢差はゆうに親子だが――に博は、通常ならばぼやきのひとつもこぼしただろう。だが。
――神は不藁に、あるいは自衛隊に味方したか。
人知れず脳裏でつぶやく目は、歴史に埋もれた先人に光を当てるNHKの番組を上の空で眺める。
神などもちろん信じていないし、自称神を指してのことでもない。子供がよくやる運任せ「天の神様の言うとおり」の神様だ。
博はつまり、不藁を転送する瞬間、責任の一端を偶発に押しつけた。
”タイムマシン”の発する風量などによって結果が大きく左右される場面で、さじ加減を運に任せたのだ。
二十五分か二十五年か二十五万年か。恨み言なら、神様か、バブルに送り込んだ自衛隊に言ってくれ。
勝手に乗らされた賭けに、しかし、彼、不藁剛はみごと勝利。
昔、物置きから出てきた古いビデオテープには本来映っていない通行人の姿を――野球中継を録画するつもりが間違って録ってしまったニュース番組に、残した。
精神的にも勝負にも負けた以上、不藁の存在をこの一九九〇年に許さなくてはならない。それがどれほど重大な影響をおよぼし結果を招くのか。知恵にも力にも限度のある博には見当もつかなければ、対処の範囲もしれている。
――それでもやるしかない。
小半助教授から出された夏の宿題を解読せねば、鍋に渦巻くコロナ禍の二〇二〇年には帰れない。目的を果たすためになすべきこと、検討すべきことに集中せねば。不藁を恐れてばかりいられないのだ。
「あたしも沖縄、転生したかったあ〜。五分でいいから転生させて~」
「こんな台風来てる夜中に行ってどうすんの。てか、行けないし、行かせられないし」
転生でもないし、とのツッコミの連打を千尋に浴びせられる姪を見つめて、いるはずもない神の御心に託す。
――神が不藁にほほえんだのはきっと、俺たち国民には、最悪でも葵には、害をなさない高潔な自衛官様だからに違いない。であるなら無神論者から改宗してやる。末代まで祀ろうじゃないか。
己の血統は自身で途絶える自信が大ありの男がうそぶく。
カメラのフレームから街の夜闇に消えた男の真意はまさに神のみぞ知る。
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