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十七
「この機会におまえたちふたりに知っておいてもらおう。一九九〇年のPCとネット環境が、いかに俺たちの時代とまったく別ものかという現実をな」
PCを操作しかけた過去博を制し、未来博は黄色と黒、ハチのような取りあわせの青年少女――後者は名前どおり青みがかる勢いの黒髪だ――を端末前へ招く。
「百聞は一見にしかずだ。実際やってみるのがてっとり早い。使ってみて平成を体感するといい」
おい、と平成の博があわてるが令和博は涼しくいなす。「心配するな。おまえにWindowsを使えと言うようなもんだ」
いや、おまえとこのPC-9805にか、と言いなおし、姪たちへあごをしゃくる。
どっちでもいいぞと言われて名乗りをあげた葵は「あたし、パソコンあんま得意じゃないんだよね」照れ笑いでぺたんと座り、端末と向かいあう。
いきなり壊すなよ、とからかう男友達の言葉に、平成博は、起動ディスクは書込禁止をかけてあるから最悪、書き換えられたりはしないはず、と気を揉み、
その妹は「アンタに使えるのォ? ファミゴンとはワケが違うんですケド」と揶揄し、
怪談並のスーパーロングヘアは、iOS以外は満足にGUIも使えない子にCUIって、日曜VBプログラマーをアセンブラの組込系業務に放り込むようなもんでしょ、と肩をすくめた。
お手並拝見と五人の男女が見守るなか、少女の第一手は――沈黙。
置物のようにちょこんと座し動かない。
「あーら、モォ降参?」
スタートボタンでも探してるの、と陽子が挑発すると、葵は「まだ表示されてないじゃん、それ」とけろり。
「ハァ? だからファミゴンじゃないって言ってるでしょォ?」
「でも左下のとこに出てないよ? おじさんがパソコン壊れたときに使ってたWindows 25だか55の起動する画面と同じなんでしょ、これ?」
意外とよく知ってるでしょ、と言いたげなちょっぴり得意そうな葵に、博は、95だよ……、とひとりつぶやいた。どうでもいいことは(中途半端に)よく覚えている。
横からは「『ウィンドウズ25』って、あのMS-Windowsのことか?」と平成博のが、二〇二〇年じゃそんなにバージョンが出るぐらい普及してるのか、と絡んでくるし、めんどくさい。(Windows 2000もあるぞと言ったら卒倒しそうだ)
「もう起動している。その画面から操作できる」
「え、そうなんだ」おじさんって昔っから壁紙真っ黒なんだね、『転生したらチート(中略)しまいました』にすればいいのに、とマウスに手を伸ばす。「なにこのケーブル。盗難防止用? てか矢印どこ? 動かないよ」
てか、まんなかにホイールもないしこのマウス不良品?と一生懸命、右へ左へと畳を這わせる娘に、背後の母親があきれ返る。「アンタ、もしかして本当のパッパラパー?」
グラフィックアプリケーションを実行してないのにマウスが使えるワケないでしょ、との指摘に葵は「いや、そんな難しい名前のやつ知らないし」振り向いた頭上に五つぐらいクエスチョンマークを浮かべた。
「そーゆーときはだな――」PCショップ店員の肩書きの前に”自称”とつけても差し障りのない拓海が、こーやれば、と割って入る。
なにかあるとすぐ試すCtrl + Alt + Delを押そうとして「あれ? Altねえし。つーかスペースキー長っが!」
「ほんとだ。無駄に長くて草生える」
「ていうか、よく見たらこのキーボードのキー、地味にいろいろおかしくて草」
「たくみん、ここに『HELP』って書いてるよ。これ押したらヘルプ出るんじゃない?」
「昔のやつF1じゃねーんだ? って出ねえし!」
きゃっきゃと沸く令和コンビに、平成兄妹は、なにがそんなにおもしろおかしいのかと首をひねる。草とはなんなのか、古くてカビが生えるといった意味あいか、と理解に苦しむことしきりだ。
新旧のペアに、ジェネレーションギャップの片鱗を味わってもらったところで、博は、初めての共同作業で仕上げといこうか、と分身に”指示の指示”を出す。
「じゃあ俺よ。拓海――そのスーパーヤサイ人に、なにか内部コマンドを打たせてやれ」
「スーパーやさいじん? なんだそりゃ?」
ドラボンゴールのことか、と問われて博は、ああ、まだそこまで連載が進んでなかったかと言いなおす。「その黄色頭のことだ」
「ヤンキーにPCなんて使えるのかね」過去博は、にへらと笑う同年代の若者をじろじろ値踏みしつつ、できるだけ短いDOSコマンドを選ぶ。「"C"、"D"、Returnって入力してみろ」
こんな、パソコンなんて見たこともなさそうな猿公だ。知ったかぶりでトンチンカンなことを言っているが、おおかた、キーボードの端からA・B・C……と探すのではないか。
たかをくくる博だったが、手もとも見ず迷いなく打ちはじめる彼に目を見ひらく。
今朝がたの自己紹介で”PCショップの店員”と称した際、ふざけているものと決めつけたのだが、本当だったのか。中級者の自分ですら専門店で働けるほどの高度なマニア知識はないというのに何者だ、との驚きは、しかし、光の速さで覆る。
「えーと、リターンってどう書くんだっけ。R・E・T……」
「A・-・Nじゃない?」
娘の助言に母が吠える。「R・E・T・U・R・Nでしょ、スペル!」
そして兄が追撃。「というかReturnキーだよ!」
未来のでこぼこペアに、過去の兄妹はひっくり返った。
なんだこのありえない間違いは、とふたりは耳目を疑うが、兄のそれを金髪頭はさらに上塗る。
「リターンキーって? 昔のキーボードにあんの、それ?」
「右がわの大きいキーだよっ、矢印の曲がったやつ! 未来にだってあるだろ絶対っ」
「あー、これ? Enterキーのこと? あ、なんか画面に字、出た」
「なんで壁紙に表示するの? ウィンドウは?」
「わかんね。博さん、意地でもデスクトップにアイコン置かないマンだからマイコンピューターもクリックできねえし」
「マイコンじゃない! こいつはパソコンだ!」
若い博の訂正を無視し、拓海は、スタートメニューもねえし右クリも出ねーし、ていうかいつまでマウス死んでんのこの昭和PC、と延々、マウスをカチカチ動かす。
黄色い後ろ頭に、ふたりの博はもの思う。
平成博の胸中いわく、やはりPC専門店の店員というのは大ボラだろう。
令和のほういわく、やはり拓海と葵に黎明期を理解させようとの目論みは無謀だった。
前言撤回を迫られる老若博であった。
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