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十九
気を取りなおして、平成PC講座・パソコン通信編へ移る。
「ひとくちにネットといっても、俺たちの時代のものとは仕組みからなにからまるで異なる」
接続ソフトを立ちあげるもうひとりの博を前に、博は説く。
「たとえばつなぐにしても、その都度、専用のソフトを使ってアクセスポイントへ電話をかける必要がある。電話代もかかるし、今からつなぐ『Gofty Serve』、通称・ゴフティーは有料サービスだから、つないだぶんだけ課金される」
「なんだかよくわかんないけど、めんどいことせずツイッターとかでメッセージ送ったらよくない?」
「そんなものはない」
理解度五パーセント未満の姪をばっさり斬り捨てるも「助教授の人、ツイッターやってないの? ならインスタは?」ゾンビのように蘇り、〇・五パーセント以下の理解度を示す。伯父の頭痛が痛む。
「インターネットとは根本的に違うんだ。おまえたちの知っているネットのすべてはこの際、全部忘れろ。あれだ、異世界だと思え。インターネットはないだろう」
「異世界、パソコンもないよ?」
まじりけのないまなじりの少女に博は、どうする俺、VRMMOで例えるか、いやそれだと今度は近未来のネット環境うんぬんになってよけい話がややこしく――と自問自答。このラノベ脳に、平成初期なる別次元の異世界を説明するハードルの高さよ。
こんな、令和から転生もとい転送されてきて「おじさんっ、なんか変な音しだしたよ?」「なにこのピーとかガーってやつ。警報かなんか?」きょろきょろ部屋を見まわす連中に、モデムがアクセスポイントへ接続する際の音だと言っても通じまい。
「未来じゃパソコン通信はスゴく進んでるって話だケド――」過去母が未来娘を見下げるように見下ろす。「パソ通がまだ普及してない時代のアタシのほうがダンゼン使いこなしてるみたいネ、コレじゃア」
博は得意げな妹に、まあパソコン通信はな、となんとなく情けない気持ちでぼやき、うろたえる令和の青年少女を見やった。
「落ち着け。今の音がネットにつないだ合図のようなものだ。こいつがこの時代のポータルサイト代わり、ゴフティー・サーブだ」
バーンとの擬音が聞こえそうな堂々たる手さばきで、博は、右手でモニターを示す。
『ようこそGOFTY-Serveへ
Copyright|(C) 1985-1990
by GOFTY Corporation
ALL Rights Reserved』
黒い画面へ浮かび上がるメッセージ。
あるのはただ文字情報のみ。ネットにつないだからといって画像が現れるわけではなし。記号文字で装飾を施すのがせいぜいだ。
このような簡素な画面を見せられても、オンラインであると認識しがたいふたりはとりあえず、
「検索窓どれ?」と拓海。
「どこからYouTube見られるの?」と葵。
安定の二〇二〇年脳でもって両名は問う。
逆方向への思考のパラダイムシフトを求めるのはそれほどまでに酷な注文なのか。博は逆に問いたかったが、この二名は普通の十代・二十代以上に過去を解しない。理解したら負けかな、との信念をいだいているふしすらある。
謎の頑固さを打ち崩すのもエネルギーがいる。とおりいっぺんに話すだけにとどめたほうがいいのかもしれない。
「ゴフティーは、この時代に『PC-GON』と双璧をなす、国内最大規模のネットワークサービスだ。掲示板・チャット・メール・ソフトウェアのアップロード・ダウンロードなどさまざまな機能を提供する」
「ソシャゲは?」
「ない」
「LINEは?」
「ない」
「Suicaのチャージは?」
「だからそんなものはないと言っている」
「え、なんか全然使えなくない、それ?」
大々的な紹介のわりにたいしたことがないな、と言わんばかりに流す葵に、陽子が「ハア!?」と憤慨する。
「アンタ、これだけのサービスがパソコンひとつで自宅にいながら、二十四時間いつでも利用できるのよ? そのスゴさがわかんないの?」
「いや、ちょっとよくわかんないし……」
惑う彼女に彼女は「ハアー」と次は嘆息。首を振り振り鷹揚に説く。
「あのネ、パソコン通信を使えば、切手を貼ったり何日もかかったりする郵便と違って一瞬で届く電子メールを送れるし、北海道や九州の人とも長距離通話の高い電話料金を払うことなくチャットでおしゃべりできたりするのよ。ゴフティーなら二十四時間・年中無休で天気予報だって見られるんだから」
まるで自分がそれらのサービスを提供しているかのような口ぶりで陽子は胸を張る。少女は、同い年の母親がなにを自慢げにそっくり返っているのかさっぱりで、リアクションに困った。
「んーと、このショボいパソコンでもそれぐらいだったらできるってとこに驚けばいいの?」
「ハア!?」
今度は兄妹で声をあげ、兄のほうが「ショボい言うな! 大特価でも二十五万したんだぞ!」と反論し、さらに拓海が「こんなプランクトン画面しか出ねえやつが!?」と驚嘆。
「なんだプランクトンって、なんかの罵詈雑言かっ」との抗議や、
それをスルーし「二十五て。そんだけ出したらGore j5で妥協せずj7積んだモデル買えるぞ」との大きなひとりごと、
一方、妹サイドの「アンタね、『それぐらいだったらできる』ってどーゆー言いぐさよ。パソコン通信のコト、ロクにわかってなさそうなクセして」との詰問調、
および「けどあたしが小学校に上がったときにママが買ってくれたiPhone 5でも普通にできるし、っていうかこのパソコンって、なんかLINEすらできないんでしょ?」と困惑しつつスカートからiPhone Xを取り出そうとする葵アンド「端末価格五円で買った俺のiPhone XSのほうがたぶん全然スペック上じゃね?」と同じく尻ポケットに手を伸ばす拓海に「おまえらスマホを出すんじゃあないと何回言わせるんだっ」吠える保護者。
そしてひとり「カオス……」と醒めた目でつぶやく女子プログラマー。
きゃあきゃあ、きゃいきゃい、収拾がつかない。
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