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二十
閑話休題。
令和vs昭和の悶着をつぶさに見てゆくと話がいっこうに進まないため、パソコン通信講座に復帰したところまで時間を進める。
「――利用者数の多いゴフティーなら助教授も使っているだろうが、ここで動きまわると不必要に人目につく」
壁ぎわで背を預けて両腕を抱く千尋以外の四人は、ブラウン管モニターの前でめいめいに座す。同じく腰をすえた令和博のレクチャーを受ける。
「デジタルの記録は半永久的に残る。目だつ行動はなるべく避けたい。そこで代わりに利用するのが”草の根BBS”だ」
「SNSのアプリ、それ?」
「ゴフティーとは別のサイトだと思えばいい」博にはない姪の発想に違和を感じつつ、葵にも理解可能な例をあげる。「大手プロバイダー運営のポータルサイトに対する、個人なんかの小規模サイトやブログのようなもんだ」
ぴんとこない様子の少女に少女が「つまりネ、百貨店と駄菓子屋さんの違いみたいなモノ」とおせっかいを焼くも、
「え、百均となにって?」
「ヒャッキン??」
よけいに混乱が混乱を招きそうになって博は「ツイッターと個人ブログの差ぐらいの理解でいい」投げやり気味に軌道修正する。三十年ぶんの時間差の調整役がこんなにしちめんどくさいとは考えもしなかった。
「草の根BBSのサービスは限定的だ。このゴフティーのようになんでもそろってるわけじゃあないがな」
「なんでも、って『転生したらチートスキルを555個――」
お気に入りのタイトルのフルネームでもって異論を唱える姪っ子を完全スルーし、博は続ける。
「そこなら利用者が少なく、おおぜいの目を避けて小半助教授との接触を図れる」
「けど、草の根BBSといってもごまんとあるぜ」博を博が指さし指摘する。「横浜市内だけでも五つはすぐに思いつく。都内を含めればたぶん数十件はくだらない」
チェックシャツの胸ポケットを探って無意識に一服つけようとし、青年博は頭を振った。申しわけ程度の小ぶりのおさげが左右に振れる。
「どこを利用してるのか、そもそも小半某のハンドルネームがわからなきゃあコンタクトもクソもない」
二十世紀特有のむやみにボリューミーなセンター分けが、右の手のひらをかかげて断じる。
もう一方のセンター分け――こちらは時代をへたツーブロックから、さらにローカライズとして一九九〇年風に調整していた――は、本来ならな、と口端をつり上げてみせた。
「幸いなことに、うちのIT担当が小半久美子のたちまわり先をつかんでいる」ゆるく壁にもたれる千尋へ目をやる。「助教授のハンドルネームは『フラン』だ」
見上げる一同の、おお、との称賛を受けて彼女は「パソコン通信界隈に詳しい人が運よく見つかっただけよ」とすまし顔だ。
「と、いうわけだ」ぽん、と博は、液晶ディスプレイに比べて広い天面に、右手を乗せる。「小半助教授の気を引くようなイラストをアップし接触を待つ」
「えー、ほんとにあたし描かなきゃだめ?」頼むぞ、との伯父のアイコンタクトに、葵は過去の肉親へ視線を転送。「ママや昭和のおじさんみたいな頭もっさ系のキャラ、やだなあ」
「アタマモッサ系ってナニよっ」
「誰が昭和だっ。ちゃんと平成の波に乗れとるわ!」
異議を唱える艾草兄妹をまあまあとなだめ、博は小半助教授への留意点を改めて喚起する。
「相手は人嫌いで頭の切れる数学者だ。自分に接近してくる人間は軒並、詐欺師かなにかとみなすような偏屈者」
「モグさんが言うんだからそうとうね」
軽口を叩く、斜め上方の情報提供者を博は見返す。「彼女のデータの大半はおまえが集めたものだろう」
計画の片われに悪態をつくと、博は、もう回線を切断していい、と身体面の片われに言った。ゴフティーはパソコン通信の代表格として例示しただけだ。いつまでもつないでいては電話代も接続料金もかかる。
「千尋がツテを通じて収集した情報をはじめ、小半助教授はだいぶとっつきにくい人物であると予想される。こちらからのアプローチはひかえ、向こうからアクションを起こさせる」
助教授が思わず食いつくようなのを描いてくれ、との力強い依頼・要求に葵は、うーん、としかつめらしく考え込む。「でもあたし描いたことないよ、BLなんて……」
「いや、普通のでいいから」伯父の冷静な訂正が入った。
過去の自室に集まる五人を博はぐるり見渡す。
「とにかく、警戒されたら一巻の終わりだ。タイムマシンの特性上、やり直しはきかん」
「決まった日時と場所にできる”時空のむら”だとかいうモノ次第なのよね、それ」
「ああ」五歳違いから三十五も歳の差がひらいた中学生に首肯。
「まさかドライヤー型とはな。デゴリアンとは言わないがゴルビアぐらいは乗ってきてほしかったぜ」
まだ肌に張りのある自分の揶揄に、アンチエイジングであらがう男は「冷蔵庫をかついでこなかっただけましだ」と苦笑した。
面持ちを引き締め、計画の要点を繰り返し強調する。
「作戦遂行にあたり、歴史の改変は可能な限りおさえたい。コロナ以上の混乱を招いては、なにをしにきたかわからん。そういう点でも皆、慎重な行動を願いたい」
おすましの千尋以外がこくとうなずき、拓海は、ああ、と謎の大船に乗り込んだ笑顔を見せる。おまえが一番、不安なんだよ。
心のなかでぼやく博は、しかし、真の不安要素――二千キロの彼方に飛ばした男だ――その帰浜をひとり、憂うのだった。
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