二〇二〇年

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五     一五〇万回再生ごときで普段来てないFPSに来てんじゃねえよ  大正島事変を――名称については、Wikipediaで(いつものごとく)もめにもめていた――撮影したとする動画が何者かによって投稿されたとき、視聴したFPSプレイヤーの多くが鬼伍長を思い浮かべた。というか明らかに本人の声だ。動画内の発言を実際にゲーム中に聞いた覚えのある者までいた。  初めのうちは、動画を制作した者――一部の層の間では◯×国政府で確定していた――に彼の音声が利用されたとの見方から同情が集まり、また、悪用した何者か――一部の層は『◯×人を◯(以下略)』――への怒りをおぼえた。  が、話は次第に雲ゆきの怪しさをみせはじめる。  当人、鬼伍長が、事件以来、ぱたと姿を見せなくなった。  もちろん、今回の騒ぎを受けてゲーム内に顔は出しにくいだろう。  動画の「少佐」は戦争ゲーム(FPS)の界隈の有名人らしい、との噂は流れ始めると瞬く間に広がり、ほとんどあるいはまったくプレイしたことのないユーザーが物見遊山でやってきて、むやみに戦場(フィールド)をうろつくわ、誰彼かまわず嗅ぎまわるわ、同士討ち(フレンドリーファイア)を乱発するわ、サーバーは重くなるわと、既存のプレイヤーを閉口させた。  が、それもいっときのことで、おめあての少佐が出てこないとなると人々はすぐに興味を喪失。一、二週間もたつとおおむね、もとの平和な(?)戦地が戻ってきた。  しかし鬼伍長は戻らない。  今回の一番の被害者は彼ともいえるが、責任感の高い人物ゆえに、FPS界隈を騒がせたかたちとなったことで敷居の高さを感じ、戦場(ホーム)へ帰りづらいのではないか。現役自衛官説はやはり本当で、上層部にバレてログイン禁止命令を受けたのかもしれない。  さまざまの憶測が流れ、鬼伍長に近しいフレンドが窓口代わりにされ多数の質問・依頼が寄せられた。だが彼らの答えは一貫して「自分たちも彼と連絡が取れない」。  鬼伍長が姿を見せないまま、噂話だけがひとり歩きをする。  注目を浴びたい者が消息筋を気どり、関係者――ひかえめの向きは元自衛官を、後先考えない怖いものしらずは堂々と現役の隊員を名乗り、 『以前、不藁3佐と同じ駐屯地で勤務し、見かけたことがある』 『同じ隊に当時2尉だった3佐がいた』 『知りあいの先輩の情報 「あの声と話しかたは絶対、S(特殊作戦群)の不藁3佐」』  などと吹聴する。  恐ろしいのは、その後、彼らは例外なく鬼伍長や不藁3佐について触れなくなる、というか、たいていの者がゲームに現れなくなり、ツイッター等のSNSへの投稿も停滞し、さらにはアカウントを消す者まで出るところだ。  政府や防衛省は「不藁3佐」の在否について「防衛上の機密に関わるため答えられない」と回答し、明言を避けている。つまりは、そういうことだ。  鬼伍長=不藁3佐の見たては、FPSのコミュニティーでは確定事項となっていた。  大正島に関連する騒動は、それ以後、動画の件も含めて緩やかに、そして速やかに、人々の意識下へ沈んでいった。  去る者は日々にうとし。ひと月、ふた月とたつうち、鬼伍長もまた、過去の人物となりつつあった。  動画事件から三月(みつき)たった七月。  にピリオドを打つかのように、掉尾(ちょうび)が飾られる。 ――――――――――――――――――――――――― おもしろかったら応援をぜひ。 本棚追加でにやにや、スター・スタンプで小躍り、ページコメントで狂喜乱舞、感想・レビューで失神して喜びます!
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