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四 俺が転校生であいつが転生者で
「でね、こうやってね、ラストで振り返って言うの。たくみん、いくよ、せーの」
「君の午は」
葵と拓海が見つめあって言う。
居間のすぐ横、二階への階段で、ふたりの『君の午は』ごっこが披露される。
昭和期以前に建てられた家屋の階段は狭く、急で、食卓を囲む一同からは、廊下で見上げる葵しか見えない。が、二〇二〇年の客人を迎える夕食の席では、やんや、やんやと好評。朝の出がけの際には比較的、お堅めの会社員然とした清も、
「『君の午は』は何度かドラマ化されてるけど、未来でもまた作り直されるのか」
大ヒットした映画だからなあ、とだいぶ酒の入った赤ら顔で大仰に感心し、隣の節子は、
「小さいころ『真知午巻き』が流行してたのを覚えてるわ」
懐かしげに目を細めた。
お気に入りの五葉を演じて満足した葵は座卓に戻り「この偽カルゴスソーダ、ハマる」とグラスをあおる。横へ座る陽子が「ちょっと! それアタシのアンゴサ!」と葵に抗議した。
「いーじゃん、減るもんじゃあるまいし」
「ハア!? 半分も減ってますケド! お母さんっ、このコ、アタシの飲んだ!」
「ジュースならまだ冷蔵庫にあるでしょ。自分の娘を『この子』なんて言わないの」
「未来から来たなんてウソに決まってるじゃない! あのオカルトの――ナントカ真悟教の勧誘かナニかじゃないの」
節子の振る舞う手料理にめいめい、未来組と艾草家の九名が、箸を伸ばし、舌つづみを打ち、おおむねなごやかな雰囲気の宴席において、一部、穏やかならざる思いをくすぶらせる者があった。
ひとりは、将来の娘を称する少女をうさんくさげににらみつける、中学生の陽子。もうひとりは、ことを起こした張本人ともいうべき壮年の男、博。
この場の最年少と最年長、性別も異なる好対照だが、後者の抱える懸念は前者ほどささやかではなかった。
勧められる酒のほとんどを断り、ほろ酔い以上に酔わないよう努める隣の大男が気の置けるようになって、悠長に飲み食いする気分ではない。
いつ、不藁が突然立ち上がり拳銃を抜き食卓を血で染めるか――弾が八発装填してあるならほぼ確実に五秒以内に全員を射殺可能のはずだろう――そんな危惧さえ脳裏で繰り広げてしまう。
わかっている。なんら理にかなわない突飛な絵空ごとだ。必要性は皆無であるし、そのような行動を取る人間に勤まる役職ではけしてないはずと。(そもそも、博の知るかぎり、彼は銃など所持していない)
問題は、ありえない空想を仲間に対していだいてしまっている事実だ。
たとえば同じような想像を葵や拓海にするだろうか。葵はともかく、拓海が万にひとつとち狂ったとして、自分たち男連中にタコ殴りにあって即終了。なんの脅威にもならない。
その点、不藁が万一の行動に出れば、たとえ銃を持っておらず、八対一、いや犬を加えて九対一でやりあったとしても勝ち目がないかもしれない。――なお、想像上では、葵・拓海・犬の三名がまっ先に逃げだした。
これまでの不藁にこのような(馬鹿げた)心配は無用だった。むしろ、なにかあれば盾となり剣となり、仲間の安全を保障する心強いパートナー。
だが、彼の能力と所属と挙動は、想像力をくだらない方向へ豊かにさせ、ふくらんだ妄想を一笑にふすこともやぶさかにする。
だめだ。
気に病んでいても始まらない。
どんなに妄想に羽を生やし広げようと、不藁がその本性も企ても露見することは期待できない。隊舎や民家の爆ぜる手抜かりがあっては勤まらないのだ。奴はプロ。
ならば――
博はおもむろに、部屋から運んであったバッグを引き寄せる。
ファスナーをあける。着替え・タオル・歯ブラシ・髭剃りなどの日用品が入った、変哲のない旅行バッグ。その中から、同様にとりたてて変わったところのないドライヤーをそっと取り出す。
居間は宴もたけなわ。
葵が拓海と「あたしたち」「体が」「入れ替わってる!?」などとまたなにやらワンシーンを演じ、
祖父母に「未来の『君の午は』はストーリーが少し変わってるのかな?」と首をかしげられ、
若いほうの博と葵による「それ、『俺が転校生であいつが転生者で』じゃあないのか?」「異世界転生じゃないよ。『君の午は』はね、タイムリープものだよ」「うぅん? じゃあ『時をかける小五』か?」「だからぁ、『時かけ』じゃなくてー」との押し問答に、
横から拓海の入れる「おまえ、タイムリープしてね?」との茶々や、「アタシはタイムスリップなんて信じないから!」ひとり憤る陽子へ、千尋が「なにこのカオス」と不藁に苦笑し、彼は「ああ」と応じた瞬間、
「モグさん」
マイナスイオン機能搭載のドライヤーを手にした隣のリーダーへ、振り返った。
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