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八 バブルでの作戦会議
外は小雨がぱらつきだしたようだ。
「信じらんない……本当にタイムスリップができるなんて……」「あんな一瞬で飛んじゃうのねえ」「まるでテレビの合成映像みたいだったなあ」「オレ、鳥肌来た」「令和に帰ったらツイッターに動画上げる!」「絶対やめてよ、葵」
軽く騒然となる縁側へ戻った博は、掃き出し窓のサムターンを半回転させ施錠する。若いほうの自分が、あのデカい人は帰ってこないのか、と尋ねた。
「このタイムマシンは送り先が不定だ」
帰ってくるか否かの明言と視線を避けて、家族と仲間に先駆け席に戻る。とっくりをひっつかんでまずそうに冷や酒をあおる三十年後の自身に、年若い博はいぶかしげに首をひねった。
「あの自衛隊の人、不藁さんは何時ごろにお戻りになるの?」
節子の質問に場の年長者は、未来だ、とぞんざいに流し、いらだつように各自へ着座をうながす。
大柄の右腕を欠いた右隣。ぽかんと空いた席がどうにも収まりがよくない。なにしろあの図体だ。ほかの者も同じように感じるだろうが、博のそれは決定的に違う。
仲間を手にかけた感覚。
ドライヤーという形状がまたたちが悪い。あれじゃあそれこそ銃撃だ。無抵抗の相手を銃で葬る絵づら。
そもそも向かいあう必要だってなかった。自身が道連れにならないよう間をあけて空間に作用させればいいのにわざわざ。
――いいや、けじめだ。
これはけじめをつける意味、儀式のようなもの。俺はあれで踏み絵を踏んだのだ。
「タイムマシンへの満場一致が見られたところで本題に入る」
ひとり減った食卓を見渡し告げる。
「今年の初めごろ――今のこの時代ではなく二〇二〇年だ――新しいウイルスが中国で見つかった」
感傷にひたってはいられない。計画のほころび――というよりはもとより穴だらけだったことが今さらに露呈した対コロナ作戦を、家族に話すとともに改めて練り直していかなければならない。
「COVID-2019、通称『新型コロナウイルス』による感染症だ。これが今、つまり三十年後に、世界規模で爆発的に広まりだしている」
計画の日程にはある程度の余裕を持たせてあるが明確なデッドラインはある。
「感染力が強く、重症化や死亡する率が無視できない高さの、やっかいなウイルスだ」
最悪、三十年たてば自動的にもとの時代に戻れるので、博のみ平成に残り計画を続行することも可能ではあるが。
「具体的には何パーセントぐらいなんだ、博?」
「そりゃあ親父、未来からわざわざ来るぐらいだぜ?」若いほうの自分が憶測を交えて代わりに答える。「世界の人口は二十五億人にまで半減してるとか、病気にかかれば最後、命はなくて、血を吐いたりとか全身からも出血したりとか――」
「いや、コロナはそこまで劇的な症状は……」
二十代博が想像する極悪なコロナ像に引きつつ、五十路博は修正を加える。
生物兵器じみた破滅的な症状はないにせよ、世界に緊張をもたらすにはじゅうぶん凶悪な感染症。これを抑え込むため、最後には自身の生涯をなげうつ事態も覚悟せねばならないかもしれない。
「うぅん……ごめんなさい、なんだか聞いてる話だけだとあまり深刻な感じがしないわねえ」
「悪いケド、アタシもお母さんと同じ。なーんか、世界滅亡の危機ってカンジじゃないのヨネ」
「陽子の言うとおり、映画や漫画に出てくるような派手さはないな」
「でしょ、お兄ちゃん。なんかジミなのヨ。こんなパープリンのコなんか連れてきちゃって、将来、アタシが産むだなんてジョーダン言うし、ホントに世界アブナイの、って」
「プリン?」
陽子の白眼視にきょとんと首をかしげているそこの葵は、連れてきたくて同伴したわけではない。が、いちいち釈明するほどのことでもなし。理解してもらうべきは新型コロナウイルスの脅威だ。
おそらくまだほんの入口でしかないコロナは、しかし、早くも世界を塗り替えつつある。これを経験していない平成初期の家族にまずは恐ろしさを伝えねば。もしも帰りの時空のむらまでに間にあわない場合には九〇年代への残留もやむなし、それぐらいの心づもりで臨む程度には世界レベルの危機なのだと。
とはいえ、できることなら博も、まだ残り数十年はあるはずの人生をコロナに捧げずに済ませたかった。失われた二十年とも三十年とも称されるバブル崩壊後を、好んで二度も経験したいとは思わない。それに、夏クールのアニメだって始まったばかりなのだ。三十年もたったらストーリーを忘れてしまう。
「――八十まで生きられる保証もないしな」
ぼそとついて出た独白に、なんか言った、と振り向く姪を「なんでもない」とあしらう。
プリンも好きだけど最近ゴマ豆腐にハマっててね、とまたすぐに脱線を始める彼女に、伯父は嘆息と軌道修正をするのであった。
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