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あれから数年。
私は新しい場所で、畑違いな開発研究部の部長秘書兼事務に配属されて、ただがむしゃらに仕事に没頭した。
開発研究部の部長は若くて将来性もある優良株なのに、独身だ。
ただの一般事務員がまさかまさかの大抜擢で、きっと女性陣には人気だろうから、睨まれたらいやだな、って呑気に考えていたけれど、みんな同情的だった。
そう、若くして部長なだけはある。
とにかくきれる。平織さんなんてめじゃない。しかも仕事は早くて妥協もしない。人に厳しいけれど、自分にはもっと厳しい。そして何よりも、整った顔立ちなのに表情がごっそり抜け落ちているから、能面のようで少し怖い……
いろんな部署の女性に―多分、部長の下で仕事をしたことがある人たちだと思うけれど―辛くなったら話を聞くからね、って声をかけてもらって笑った。
どれだけ? って思うとなんだか可笑しくて、もう二度と笑えないと思ったのに、案外簡単に笑えて驚いた。
辛いことは、何かに必死になっている時には忘れていられる。
私は、いろんなことを忘れたくて仕事に喰らいついた。
「あなたじゃないと、立花部長の秘書は務まらなかったのねえ」
部長の元部下の先輩たちは、気楽にランチに誘ってくれて、私の泣き言を聞いてくれるけど、最近はそんなセリフも聞くようになった。
「なんだか、仕事が認められて一人前になれたようで嬉しいです」
純粋にそう思った。
「実は、あなたがいろいろ辛い目にあってこちらに移ってきたから、立花部長も私たちも気にしていたの。隠していてごめんなさい。
でも、湊本さんが明るく笑えるようになって、本当によかった」
不意に知った。ここでも社内恋愛の弊害。だけどそれはとっても優しい場所だった。
「立花部長も、先輩たちもずっと私を見守っていてくれたんですね」
「ふふふ、立花部長はいつ頃からか、ちょっと違う思惑もあったみたいだけど」
ねえ、とみんなで顔を合わせるようにして意味深に笑う先輩たちに
「えー、教えてくださいよ」
と言えば
「本人に聞きなさいって。ちょうど登場よ」
と返された。
「湊本、昼休憩に悪い。急にこの書類が必要になった。頼めるか?」
「はい、立花部長」
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