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Encounter―出会い―
あの日から数日。
私の思考はどうしようもなく停滞していた。
すらりと背の高い彼は、理想的な体系で細身のスーツを着こなし、バリバリと新規顧客を獲得してくるきれる営業マンで、私にはもったいないくらいの人。
同じ会社に在籍していても、彼、平織忠度は、誰もが注目する素敵な人だし、片や私、湊本紫世は地味で存在の薄いただの一般事務員。
出会いは本当に普通の出来事、驚くようなロマンチックな出会い方をしたわけではない。
あれは……2年前、私は届いた備品の整理をするのに、1階の総務課から4階の資材置き場に向かって階段を上っていた。ちょうどエレベータの点検中で、その時間帯は階段を使うしかなかった。
2階にある会議室から、営業さんたちの会議が終わったのか、ぞろぞろと出てきて1階に向かっていて、階段は比較的混雑している。
「おい、平織、さっきの会議で出ていたA社の資料をうちにも回してくれないか」
不意に耳に飛び込んできた、営業の平織さんの名前。
いくら地味で目立たない私でも、同期の仲のいい子や、先輩たちがキャーキャー言っているのは知っている。
(この人が、かの有名な平織さん……)
確かに、にこやかな優し気な笑顔で、ちょっとキュンって来る。
「わかりました。 とりえずこれ持っていきますか? 俺はまた印刷すればいいんで。 もしなんだったらメール送りますけど」
手に持った資料をゆらゆらさせながら、程よい低音が響く。
恰好いい人って声まで恰好いいんだ、と得をしたような気分になりながら端っこによって階段を上がっていたら、ひらひらと私の目の前にちいさな紙が舞い降りた。
きっと資料と一緒にしていたメモが飛んできたんだ。
私は、足元に音もなく着地したその紙を拾い上げた。
「あ、あの……」
ざわざわしている中では、私のいつもの小さな自信なさげな声は届かない。
行ってしまう……
「あ、あのっすみません」
少し頑張って張り上げた声は、一応届いたのか、平織さんと、彼に資料がほしいと言っていた人が振り返った。
「これ……落ちてきました」
拾った紙には数字の羅列が書かれていた。だけど一瞬だったからそれが何だったのかはわからない。
「えっ、あーありがとう。 それ、実は結構大切な走り書き」
にっこりと嬉しそうに手を伸ばしてきた平織さんに、私の胸は不覚にもドキッとした。
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