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何も言ってこない、電話をしても出ない彼に痺れを切らして、私は会社で彼を捕まえた。
「私、平織さんが何を考えているのかわからない」
開口早々にそう言われても、彼もきっとわからないだろう。だけど、一番マシなセリフに思えた。
何をどんなふうに聞いたって、彼を責めているような言い方しかできない。
「俺は紫世が何を言っているのかわからない」
「私が一人でドレスを見に行ったとき、どこに居たの?」
こんな風に聞きたくない。信用していないのかと怒らせそう。何を言っているんだと不機嫌になられそう。
こんなにはっきり聞けない関係なら、いっそのこと結婚なんてなかったことにした方が、お互いが傷つかないような気もする。
だけど、私は何言ってるんだと不機嫌になって欲しかったし、怒ってほしかった。
「……あー、仕事だった日? 会社に居たよ」
そんな、嘘ついていますとばかりに目を泳がせて、動揺している姿を見たくなかった。
「嘘」
「嘘? なんだよそれ」
ほら、都合が悪くなると逆切れ気味になるところも知っている。
「私、見ちゃったの。 あなたが仲良く歩いてる姿を……」
「藤本は関係ない」
「藤本?」
墓穴を掘るとは私のことか、彼のことか。彼がとっさに叫んだ名前には聞き覚えがあった。経理課のものすごく美人な才女だ。そして、彼の元カノ。
まさに月とスッポン、天と地。
だけど、どうして……
結婚しようってプロポーズもしてくれた。顔合わせも、式場選びも、何もかも順調に進んでいた。
彼のはにかむような優しい笑顔が好きだった。
それなのに、どうして今ごろ元カノが出てくるの。
「じゃあどうして一緒に居たの? 仕事だって偽って。 ドレスを一緒に選んで欲しかった。 黙ってこそこそあってほしくなかった」
「仕方ないだろっ、相談したいことがあるって言われたんだから。ドレスくらい一人で選べるだろっ」
ガラガラと、いろんなものが大きな音を立てて崩れていく。
彼にとって結婚ってその程度のものなんだ。元カノと私と天秤にかけたとき、私の方には傾かないんだ。
悔しいのか哀しいのか腹立たしいのか、いろんな感情がシェイクされて、ごちゃごちゃのはずなのに「無」だった。
この現実をまだ受け止められていないのかもしれない。
ただ、このまま結婚なんてありえないと思った。
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