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するわけないでしょうが!
それでも、なあなあのうちに終わらせていい問題じゃない。
「そのことだけど……湊本さん、私、出産前に結婚式を挙げたいの。
……だから、そのまま私たちの結婚式を挙げるのに譲ってほしいの。無神経なお願いをしているのはわかってけど、今からおさえられる式場もないし、同じ会社だから招待客とかほとんど変わらないし……
湊本さん好みになってるのはわかってるけど、それはこれから時間の許す限り自分で手直しするし……
ダメかな」
ばっしゃっ
思わず……本当に思わず彼女にグラスの水をかけていた。
カフェラテをかけなかった自分を偉いと思う。
一瞬おいて
「なにするのよっ」
って叫ぶ彼女を見て、妙に頭が冷えていく。
何も考えられない。頭の中が真っ白ってこういうことなんだ。
「おまえ、妊婦に何してるんだ」
そうね、妊婦さんになんて酷い仕打ちかしら。
きっと周りから見た私はさぞかし悪女に見えることでしょうね。
「どうぞ、私たちの結婚式だった場所で、彼女と結婚でもなんでもしてください。さよなら」
この舞台の悲劇のヒロインは、彼女かしら。
二度と来ないだろう喫茶店のオーナーさんに詫びを入れ、一万円札を置いて逃げるように喫茶店を後にした。
馬鹿みたい。
それでも好きだったなんて思っている自分が、本当に馬鹿みたい。
一瞬にして気持ちが切り替わったらどんなに楽だろう。
見上げた空は、雲一つなく、曇り一つなくどこまでも真っ青だった。
きらきらと降り注ぐ光があまりにも目に染みて、ほろりほろりと涙が零れた。
立ち止まったまま、空を見上げて涙を流す私を、怪訝な顔をして横目に通り過ぎる人たち。
誰一人として立ち止まることもなく、声をかけられることもない。
その冷たいまでの無関心さに、救われる思いだった。
後始末は一人でした。
決してキャリアウーマンな立ち位置ではなかったけど、気を使ってくれた上司が、支社に転勤扱いにしてくれて、あの狭い針のむしろのような空間から逃してくれた。
彼の結婚式で、部長は挨拶を断ったようだ。
会社の人たちも半数以上が出席しなかったと聞いた。
たったそれだけのことでも、私は自我を保てたし、安堵することができた。
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