Farewell―別れ―

5/5
前へ
/11ページ
次へ
 するわけないでしょうが!  それでも、なあなあのうちに終わらせていい問題じゃない。 「そのことだけど……湊本さん、私、出産前に結婚式を挙げたいの。  ……だから、そのまま私たちの結婚式を挙げるのに譲ってほしいの。無神経なお願いをしているのはわかってけど、今からおさえられる式場もないし、同じ会社だから招待客とかほとんど変わらないし……  湊本さん好みになってるのはわかってるけど、それはこれから時間の許す限り自分で手直しするし……  ダメかな」  ばっしゃっ  思わず……本当に思わず彼女にグラスの水をかけていた。  カフェラテをかけなかった自分を偉いと思う。  一瞬おいて 「なにするのよっ」 って叫ぶ彼女を見て、妙に頭が冷えていく。  何も考えられない。頭の中が真っ白ってこういうことなんだ。 「おまえ、妊婦に何してるんだ」  そうね、妊婦さんになんて酷い仕打ちかしら。  きっと周りから見た私はさぞかし悪女に見えることでしょうね。 「どうぞ、私たちの結婚式だった場所で、彼女と結婚でもなんでもしてください。さよなら」  この舞台の悲劇のヒロインは、彼女かしら。  二度と来ないだろう喫茶店のオーナーさんに詫びを入れ、一万円札を置いて逃げるように喫茶店を後にした。  馬鹿みたい。  それでも好きだったなんて思っている自分が、本当に馬鹿みたい。  一瞬にして気持ちが切り替わったらどんなに楽だろう。  見上げた空は、雲一つなく、曇り一つなくどこまでも真っ青だった。  きらきらと降り注ぐ光があまりにも目に染みて、ほろりほろりと涙が零れた。  立ち止まったまま、空を見上げて涙を流す私を、怪訝な顔をして横目に通り過ぎる人たち。  誰一人として立ち止まることもなく、声をかけられることもない。  その冷たいまでの無関心さに、救われる思いだった。  後始末は一人でした。  決してキャリアウーマンな立ち位置ではなかったけど、気を使ってくれた上司が、支社に転勤扱いにしてくれて、あの狭い針のむしろのような空間から逃してくれた。  彼の結婚式で、部長は挨拶を断ったようだ。  会社の人たちも半数以上が出席しなかったと聞いた。  たったそれだけのことでも、私は自我を保てたし、安堵することができた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

256人が本棚に入れています
本棚に追加